パスファインダーの弟子
野性的で温かみのある声が、洞窟の向こうから僕を呼んでいた。
「おーい、そっちはちゃんと集まったか」
「はい。言われたとおりに」
僕は師匠に駆け寄り、お宝を差し出した。
「何だ、俺は十個見つけて来いと言ったんだ。五個しかねえぞ」
「四捨五入すれば十個になるじゃないですか」
僕の減らず口を、師匠は咎めるでもなく。
「なるほど。四捨五入すりゃ十個取り逃がしたことになるな。不合格だ」
「ぐっ……僕の負けです」
やっぱり師匠は何枚も上手だ。
「なーんてな。やめだやめだ。屁理屈じゃ腹は膨れねえ」
そう言って、師匠は約束した取り分を僕にくれた。
遺跡探索や魔物退治をする、パスファインダーという仕事がある。別の土地では、冒険者とか烈士とか呼ばれているらしい。
師匠は〝短き腕〟の二つ名を持つパスファインダーだった。我流ながら小剣の達人だったから。
魔物に襲われ、命を落とす寸前だった僕を、師匠は救ってくれた。
瞬く間に魔物を斬り刻んだ鮮やかな剣技を、僕は忘れられなかった。
行くあてもない孤児だった僕は、師匠の押しかけ弟子となったのだ。
「剣の腕だけで飯は食っていけない」が師匠の口癖だった。権力者に取り立てられるためには、独学でいくら強くても駄目なのだ。有名道場の段位だとか、高名な剣士の弟子だとか、何かしらの権威が必要なのだと。
「だから、まずは俺が名を上げて、お前に〝短き腕〟の一番弟子の称号をくれてやるんだ」
師匠からは、冒険や戦い以外にも色んなことを教わった。
「人をよく見るんだ。『顔には人格、体には生き様が現れる』ってな」
正直、無駄なことも多かったけれど。
「子曰く『お尻良ければすべて良し』『尻のデカいの七難隠す』」
「好きなタイプを聞いただけなんですけど」
「最後まで聞け。以上は思っていても本人の前で口に出さないこと」
「当たり前でしょ。普通に失礼ですし」
「まったくだ。それに、殴られると痛い」
「経験者は語るってやつですね」
たわいのない話で笑い合った日々が懐かしい。
そんな師匠が最後に言い残した言葉を、僕は忘れない。
「迷いを断ち切れるものはな、合理性でも道徳心でもねえ。これだけは譲れねえっていう、そいつの美学だ」
師匠は僕たちの住む街を守るため、凶暴な毒竜との戦いに散った。
生き残った戦友の話では、師匠が捨て身で竜の鱗を剥がしたおかげで、味方がとどめを刺せたのだという。
「顔には人格、体には生き様が現れる」なんて言っていたのに。
師匠の体は、毒竜の息に溶かし尽くされて、骨すらも残らなかった。
あれから五年が過ぎた。僕はパスファインダー組合で剣術教官をしている。
師匠のように、僕も誰かの憧れになれたらいいなと思いながら、新しい家族との人生を歩んでいる。
ところで、もし師匠が僕の妻を見たら、「俺の教えに従ったんだな」なんて思うのだろうか。
「ねえ、何考えてるの」
「ううん、何も」
妻には絶対に言わないけどね。