表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

漆:仲間の鬼たち

 琥珀が呪術師の気配を辿った先は、本当に岩場だった。

 波が打ちつける音と潮の匂いが一層強まり、いかにもサスペンスドラマのクライマックスに出てきそうな雰囲気である。


 その島の岩場の奥には、岩屋と呼ばれる洞窟があり、入場料を支払って中を見学できるようになっているが、夕刻の今は既に営業は終了しており、窓口は暗くしんとしていた。

 しかし碧羅たちは鬼なので、閉場処理された岩屋にするりと入り込み、奥へ進んでいく。


 しかし、琥珀がそこだと睨んだ場所には、誰もいなかった。

 ただ、羅針盤と数枚のお札が残されており、まさについさっきまでここで怪しげな呪術をやっていました、という様子だ。


「……逃げられたか」

「一本道でしたし、私たちが来る前に逃げたってことでしょうか?」

「いや、もしこの呪術師が乱鴉なら、次元を介して移動する術を使えたとしても不思議はない……とりあえずこれを回収して冥府に戻ろう」


 言いながら、琥珀が膝を折って札に手を伸ばした。


「……やっぱり、この呪力は乱鴉だな」

「でも、蘇芳さんが魂まで焼き尽くしたって……」

「身代わりを生成した可能性もある。いずれにせよ、乱鴉が生きている可能性が高い。お前も、油断するなよ」


 羅針盤と札を纏めて、何やら懐から出した黒い布に包むと琥珀は立ち上がった。


「冥府に戻ろう。早く蘇芳さんに報告しないと……」


 琥珀が踵を返した、その時だった。


「っ!」


 突然その場に、黒い霧のようなものが漂い始めた。


「しまった! 罠だったのか……!」


 琥珀は歯噛みして、右手を前に突き出した。


「結!」


 琥珀と碧羅を囲うように、地面に六芒星が浮かび上がった。


「碧羅、動くなよ! 物凄い瘴気だ」

「は、はい!」


 身構える碧羅。

 その時、ぞわりと血の気が引いた。氷塊が背中を滑り落ちたような心地だ。


「……よもや、鬼に成るとはな……」


 地を這うような、低くしゃがれた声がした。

 碧羅がそちらを見ると、洞窟の暗がりから、ゆらりと人影が姿を現した。


 その姿に、碧羅は息を呑んだ。

 濡羽色の髪に黒曜石のような瞳、不気味な程青白い肌の、小柄な少年の姿だったのだ。

 見た目は十二歳ほどなのに、しかし声だけは、かなり老齢な男のそれに聞こえた。


「お前が乱鴉か!」


 琥珀が声を上げる。

 その少年は腹立たしがに顔を歪めた。


「ああ、瑠璃……邪魔さえ入らなければ今ごろお前の魂は俺の手中だったはずなのに……!」

「瑠璃?」


 誰のことだ。碧羅が人間だった時の名前は碧だ。

 しかし、その少年の目は真っ直ぐに碧羅を向いている。


「俺は、お前の魂を手に入れるためだけに……」


 ついと、彼は右手を掲げた。

 そこに、黒い瘴気が渦を巻き始まる。


「……さぁ、来い。さもなくば、そこの黄鬼を殺す」

「そう簡単に殺されて堪るかっつーの」


 琥珀が妖力を放出し、結界を強める。

 バリバリと音を立てて、六芒星から火花が走った。


「雑鬼風情が」


 少年が舌打ちしたと同時に、ぱりんと音を立てて結界が砕け散ってしまった。


「なっ!」


 愕然とする琥珀の眼前に、瘴気が鎌のように伸びる。

 首を刈る気だと悟った瞬間、碧羅は衝動的に右手を振り翳した。


 妖力というものについて、まだいまいちよくわからないが、先程空中散歩で、何となく感覚がわかった。

 琥珀のように結界を展開する方法はわからないが、あの鎌を妖力で受け止めるイメージなら、何とかなる気がした。


 弾け、碧羅がそう念じた刹那、黒い瘴気の刃は視えない何かに弾き飛ばされた。


「何……?」


 少年が怪訝そうに眉を寄せる。

 と、その時、赤い光が一閃した。

 それは少年の首を捉えたように、碧羅には見えた。


 しかし彼の首が飛ぶことはなく、心底忌々しげに吐き捨てるのみだ。


「……赤鬼め。また俺の邪魔をするか……!」


 それから少年は意味深長な眼差しで碧羅を一瞥した後、闇に溶けるように消えてしまった。

 その一瞬の視線に、明確な殺意と、嫌な執着のようなものを感じて、碧羅は身震いする。


「碧羅! 大丈夫か!」


 一拍後、血相変えた様子の蘇芳が虚空から姿を見せた。

 その目は琥珀ではなく、碧羅だけを捉えていた。


「だ、大丈夫です」


 碧羅が答えると、蘇芳は目に見えてほっと息を吐いた。


「間に合って良かった……」

「蘇芳さん、よくここがわかりましたね」


 琥珀が感心した様子で言うと、蘇芳は小さく頷いた。


「松葉からお前たちが現世に向かったと聞いて、すぐに後を追ってきたんだ。乱鴉の気配を辿ったらすぐにわかった。まさか奴がまだ生きているとは……」

「やっぱりさっきの奴が乱鴉なんですね? 初めて見た……」

「姿はまた変わっていた。次に現れる時も同じ姿とは限らん。油断するなよ」


 蘇芳は念押しして、二人に洞窟の外へ出るよう促した。


「一時的に冥府への扉を繋いだ。早く戻るぞ」


 そう言って蘇芳が示した岩屋のゲートが、淡く光っている。

 どうやら、門や扉のようなものであれば道は繋がるらしい。


「出入り口を繋げるなんてこともできるんですか?」


 碧羅が隣の琥珀に尋ねると、彼は曖昧な笑みで頷いた。


「一時的にならな。ただ、とんでもない妖力を消費するから、そんな真似ができるのは部長クラス以上の鬼だけだ」


 やはり蘇芳は凄いのだな、と思いつつ、そこを潜ると、天元城の中に出た。行きに潜った青い扉ではなく、赤い扉の出入り口だ。

 てっきり、あの幻惑の路をもう一度通るのかと思っていた碧羅が驚いて辺りを見渡すと、琥珀が囁いた。


「現世から天元城に直通で道を繋げられるのなんて、閻魔大王様と蘇芳さんくらいなんだぜ」


 つまり、蘇芳は閻魔大王と並ぶほどの実力者である、ということか。


「お前ら、出張申請は早めに出せよ」


 後ろを歩く私と琥珀に、蘇芳が短く命じる。


「出張申請……」


 現世に赴くことは、ここでは出張扱いになるのか。

 つまり、通常の報酬とは別で、獄務ポイントとやらが発行されるのだろうか。


「ああ、あと、乱鴉と対峙したのなら、危険手当の申請も忘れるな」

「危険手当……」


 ますます地獄らしくない単語だ。


「はい。ああ、碧羅には俺が教えるから心配すんな」


 蘇芳に返事をした後、琥珀は碧羅に向けてにかっと笑う。

 親しみやすい先輩である。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「はは、碧羅は真面目だな」


 そう言いつつ、満更でもなさそうな琥珀にである。


 と、現世警護課に戻ると、中には初めて見る鬼が二人いた。


「あら! その子が新人ちゃんね!」


 ぱっと笑顔を浮かべたのは、艶やかな黒髪と紫の瞳が印象的な、妖艶な美人鬼であった。角は一本で、蘇芳と並ぶくらい背が高い。


「碧羅と申します。よろしくお願いします」

「いやん、可愛いわね。アタシは玄、見ての通りの黒鬼よ」


 声がやたらとハスキーで、スナックのママを想起させる。


「私は白花しらはなよ。今育休明けで、時短勤務だから関わる時間は少ないけど、よろしくね」


 穏やかに微笑んだのは、絹のような真っ白な髪を首の後ろで括っている、二本角に赤い眼の女性の鬼だ。


 鬼にも育休制度があるのか、と一瞬驚くが、そういえば鬼も結婚や出産をすると蘇芳が言っていたな。

 では、子鬼は保育園に行っているのだろうか。


 小鬼が戯れるその様を想像して、思わずにやけそうになった顔面を、碧羅は全力で真顔に戻した。


「……碧羅さん、気をつけてね」


 声を顰めた白花に、碧羅が目を瞬く。


「玄、男と綺麗なものと可愛いものが好きなの。気に入ったら見境ないから、嫌ならはっきり言うのよ」

「え? あ、わ、わかりました……」


 綺麗でも可愛くもない自分なら大丈夫だろう、と安易に思いつつ頷く碧羅に、原画がずいと顔を近づける。


「うふふ、白花って本当にアタシのことをよくわかってるわぁ。碧羅ちゃんって可愛くてアタシの好みよ」


 自分が可愛いと言われるとは思っておらず、反射的に固まる碧羅。

 と、琥珀が玄の前に出た。


「玄さん! 碧羅をおちょくらないでくださいよ! 玄さんはそもそも蘇芳さん狙いでしょう?」

「おちょくってなんかないわよ。それに、蘇芳ちゃんってば全然アタシに靡かないんだもの。もうすっかり諦めモードよ」


 肩を竦める玄。

 こんな美人に言い寄られても靡かないのか、と感心した碧羅が蘇芳を見ると、彼は苦虫を噛み潰して、じっくり味わったような顔をした。


「俺に男色の趣味はないだけだ」

「……ダンショク……?」


 ダンショクって、男色のことか。

 ええと、つまりは玄は男ということだろうか。


 まさかそんな、こんな美人が、そんな訳なかろう、と思いつつ碧羅が玄を見ると、玄は悪戯が見つかった子供のような顔をした。


「やだもぉー! 蘇芳ちゃんのいけずぅー! 何ですぐバラしちゃうのよぉー!」

「そもそも隠してないだろうが。それに、最初に知らせるのが碧羅のためだ」


 確かに、これは先に知っておいて良かったかもしれない。

 女だと思って心を許した相手が、実は男だったと後から知ったら、それこそ立ち直れない気がする碧羅である。


「さて、無駄話は終わりだ。緊急会議を行う。隣の会議室へ移動しろ」


 蘇芳の言葉に、一同はすっと居住まいを正して頷いた。

 オンオフの切り替えが上手な面々に碧羅は面食らいつつも、彼らに倣って隣の部屋に移動したのだった。

もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ