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伍:初出勤と事件

 夜の八時四十五分になり、碧羅は初出勤のために寮の前で蘇芳と合流した。


「時間通りだな。行くぞ」


 天元城に向かう道すがら、碧羅は食堂で聞いた話を尋ねてみた。


 すると、蘇芳は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……そうだ。その呪術師は、禁術によって地獄も天国も通らずに転生を繰り返し、新たな人生でまた人を呪うのだ」

「そんなことできるんですか?」

「理論上は可能だ」


 地獄にも理論があるのか、と変なところで感心してしまう碧羅である。


「だが、文字通り禁術だ。神も仏も閻魔大王様も、それは認めていない」

「今回捕まえたっていうその呪術師は、その後どうなったんですか?」

「処理済みだ。滅殺し、魂も燃やし尽くした……はずだ」

「はず?」

「何度もそうしてきた。だが、数十年、あるいは数百年後に、奴はまた現れる……その繰り返しだ」


 蘇芳が忌々しげに吐き捨てる。


「呪術師の正体はわかっていないんですか?」

「そうだな。乱鴉らんあと名乗っていることしかわからん。姿形も毎回変わり、本来の姿を見た者は誰もいない」

「……それ、本当に人間なんですか? もしくは、別の人物が同じ名前を名乗っているだけの可能性はないんですか?」

「魂そのものは間違いなく同一の人間だ。ただ、おそらく術によって器となる肉体を変えているのだろう。滅殺したはずの奴しか知り得ない過去のことを、次に現れた奴が語り出したことがある」


 得体の知れない乱鴉という呪術師に対する不気味さに、碧羅は思わず身震いした。


「……生前のお前を殺したのは間違いなく乱鴉だが、お前が狙われることはもうないはずだ。だからあまり気にするな」


 蘇芳は、碧羅の心境を察したのか、そう言って軽く肩を叩いてくれた。


「……はい」


 そういえば、呪術師が碧を殺したのは、碧に恨みを持った誰かから依頼を受けたからだと、閻魔大王は話していた。

 そこまで誰かに恨みを買うような生き方など、していなかったつもりだが、一旦誰が自分にそれほどまでの恨みを募らせていたのか。


 と、そんなことを考える碧羅をよそに、天元城の入り口で、蘇芳が守衛の鬼に自らの入館証を提示して、碧羅は新人だと告げた。

 守衛の指示で、蘇芳は窓口に歩み寄ると、カウンターで紙に何やら記入して、それを中の鬼差し出した。

 それと引き換えに、ネックストラップ付きのカードのようなものを受け取る。


「これが仮の入館証だ。勤務中は常に首から下げておき、退勤時はその窓口に返却するように」

「はい。ありがとうございます」


 カードを受け取った碧羅はそれを首から下げる。

 現世で仕事をしていた時のことを思い出す。まさにこんな感じだった。と妙に感慨深い心地になる碧羅だ。


 その後、現世警護課の部屋に向かうと、ドアを開ける直前で、蘇芳が怪訝そうに呟いた。


「……騒がしいな」


 ドアを開けると、中にいた松葉と琥珀がばっとこちらを振り向いた。


「蘇芳さん! 大変です! 今朝、城内で怪死者が出たと……!」

「何?」


 慌てふためいた様子の松葉に、蘇芳が眉を顰める。


「カイシシャ?」


 目を瞬く碧羅に琥珀が深刻な表情で頷いた。


「ああ。聞いていると思うが、俺たち鬼はそう簡単に死なない。しかも、天元城は閻魔大王様の庇護下にあり、強力な結界が張られている。そんな中で、鬼が死んだ。明らかな異常事態だ」


 それは確かに不可解だ。


「現場と被害者は?」

「場所は地獄管理課の事務室、被害者は課長だそうです」

「地獄管理課の、課長……?」


 蘇芳が信じ難いと如実に顔に出す。


 課長ということは、蘇芳と同格ということだろう。

 それだけ、鬼として力があるということに間違いない。


「……事情を聞いてくる。もしかしたら、また奴かもしれない」


 蘇芳は素早く身を翻した。


「松葉、碧羅に通常業務を教えてやれ。戻ったら俺が代わる」

「わかりました」


 松葉が頷くと、蘇芳は足早に部屋を出て行ってしまった。


「……初日から慌ただしくてすまないね」


 松葉は苦笑を浮かべ、碧羅を先に案内した。末席で、昨日は書類が山積していたが、今日は綺麗に片付いている。他の机には昨日ほどではないもののまだ書類が積み上がっているが。


「ここが碧羅くんの席だ。好きに使ってくれ。筆記用具などは引き出しに揃ってるから」

「ありがとうございます」


 松葉はとても丁寧に仕事を教えてくれた。

 驚いたことに、パソコンなどの電子機器はないが、棚に置かれた紙に勝手に文字が浮かび上がってくるのだという。

 文字が浮かび上がった紙は手前のカゴに滑り出てくる仕組みになっていて、まるで現世にあった懐かしのファックスのようだ。


 そして書類に必要事項を記入して、送付用のカゴにセットすると、書類に記載された送付先に内容が伝達される仕組みらしい。

 

 コンプライアンスがどうの言っていた割に、仕事の内容はだいぶアナログである。

 現世の科学の結晶を冥府に持ち込むことはできないようだ。


「……あ、これ……」


 書類に目を向けた碧羅が思わず手を止める。

 松葉もその視線を追って書類を読み、難しい顔をして頷いた。


「呪術師、《乱鴉らんあ》に関する報告書だな」

「乱鴉……」

「ああ、現世に度々現れる謎の呪術師だよ。禁術を使っているらしく、地獄も天国も解さずに転生を繰り返しているとか」


 それは先程蘇芳に聞いた話と一致する。


「……もしかして、さっき話されていた怪死者とも、何か関係があるんじゃ……」


 何の根拠もない。

 あるのは、得体の知れないものに対する不気味さという共通点だけ。


 それを聞いた松葉は神妙な面持ちで唇を引き結んだ。

 一方、斜向かいの席に座っていた琥珀が、思案するように顎に手を当てて視線を上げた。


「決めつけるのは早いだけど、可能性としてありうる話だな……乱鴉は謎が多すぎる」

「それにしても、そんなにこの呪術師が気になるか?」


 松葉に尋ねられてどきりとする。

 人間だった頃、そいつに呪い殺されたのだと、話しても良いのだろうか。

 特段口止めされている訳ではないが、呪い殺されたなんて、暗い話題をあえて話す気にもなれない。


「えっと……正体がわからないものが、気になる性分なんです。都市伝説とか」

「都市伝説! 面白いよな! 俺も好き!」


 ニコニコと話題に食いついた琥珀に、松葉が短く嘆息する。


 と、その時、鈴の音がりんと鳴り響いた。

 松葉と琥珀が同時に視線を向けると、例の置いた紙に文字が浮き出る棚から、一枚の紙が滑り出てきた。


 それを手に取り、視線を落とした松葉の顔色がさっと変わる。


「……琥珀、緊急事態だ。今すぐ現世に出ろ」

「え、俺? いいけど、何で?」


 松葉が書類を琥珀に手渡す。

 それを読んだ琥珀も、血相を変えた。


「うわ! ヤベェじゃん! 早く行かねぇと……って、誰と行きゃいいんだよ?」

「桔梗は研修会議、玄と白花は見回りか……仕方ない。碧羅、一緒に行ってこい」

「は、はい」


 慌てて立ち上がり、琥珀に続いて部屋を出る。


「あ、あの、何があったんですか?」

「呪詛の報告だ。通常、人間が人間を呪うだけなら、鬼も関与しない。だが、今回の呪詛は、乱鴉の術式が使われたらしくてな」

「え、乱鴉って、蘇芳さんが焼き殺したって……」

「その通りだ。だからこそ、緊急事態なんだよ。蘇芳さんの炎を受けたのに、また現れるなんて……しかも、禁術を使って転生したのだとしても、あまりに早すぎる」


 琥珀も戸惑っている様子だ。

 彼は慌ただしく進んだ先の、青い扉の前で立ち止まった。


「あの、新人の私が一緒で大丈夫なんですか?」

「役職者以外は一人で現世に行けねぇ決まりなんだよ。何かあった時に困るだろ」


 そういえば、現世でも、必ず二人一組でやれと言われる仕事はあるな。そんなことを漠然と考える碧羅だ。

 

「松葉さんは?」

「松葉は呪詛の耐性がほとんどねぇんだ。乱鴉関係だけでなく、呪詛絡みのの対応のために現世に行くことは蘇芳さんに禁止されている」

「呪詛の耐性……私はあるんでしょうか?」


 初めて聞く単語に思わず碧羅が呟くと、琥珀は目を瞬いた。


「何言ってんだ。お前、俺なんかよりよっぽど強い耐性持ってんじゃん。人間の時からそうだったのか、鬼になった時に閻魔大王様から与えられたのか知らねぇけど、正直羨ましいレベルだぜ?」

「そうなんですか?」


 自分のことなのに知らなかった。

 少なくとも人間だった時は呪術によって殺されているので、その耐性とやらは鬼になってからのものだろう。


 というか、琥珀はその呪詛耐性とやらを、鬼を見ただけで判定できるのか。どこを見たらわかるのだろう。


「っと、無駄話してる暇はねぇんだった。行くぞ」


 琥珀は目の前の扉を押し開けた。

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