終:これから
それから数日間はドタバタだった。
乱鴉消滅と共に知れ渡った松葉の裏切りと、桔梗が天国からの諜報員だったという事実。
桔梗、もといオカト・トキはあの後すぐに目を覚まし、諜報部の取り調べの後、天国へ送還された。
彼女とアイアの証言から、トキは元々仏として天国庁で働いていたが、乱鴉をなかなか完全に消滅させられない地獄庁に不信感を抱いた天国庁からの指示で諜報員となったことが明らかになった。
鬼の中に乱鴉に心酔して裏切った者がいたという事実に、神はまさに鬼の首を取ったように閻魔大王に責任を追及してきたそうだが、天国からの諜報員であったトキがその裏切者の鬼によって操られ、天元城に甚大な被害をもたらしたという事実を突きつけられて、その勢いは一瞬で萎んだらしい。
結局、お互いこれ以上の追及は不毛だと判断され、痛み分けとなったそうだ。
玄が言っていた通り、元々天国と地獄は敵対関係ではないので、火種が無くなれば争いも起きないのである。
ただ、現世警護課に限っては、すぐに平穏は帰ってこなかった。
現世警護課を中心に巻き起こった騒動故に、各方面に対して事情説明と火消しに追われ、その間に溜まった書類仕事が山のように積み上がり、それでいて本来の仕事である現世の警護は待ったなし。しかも二人も減ってしまい、連日残業する羽目になってしまった。
それがようやく落ち着いた頃、碧羅が退勤後に天元城を出ると、後ろから蘇芳に呼び止められた。
「少し歩かないか」
断る理由はないので、並んで三途の川の畔を歩く。
そういえば、自分達の関係はどうなったのだろう。
自分の前世が瑠璃で、蘇芳の前世が芳鷹、結婚を約束していたことまでは思い出したが、それは全て遥か昔の前世の話だ。
「碧羅」
「は、はい」
名を呼ばれて、少し緊張しながら隣を歩く蘇芳を見上げる。
彼は少し不安そうな顔をしていた。
「……前世の記憶を思い出したと、言っていたな?」
「はい……」
頷いた碧羅に、蘇芳は何か言いかけて口を開き、躊躇うように視線を泳がせる。
「……蘇芳さん?」
「……その、何と言うか……お前は、どう思った?」
「どうって……?」
目を瞬く碧羅に、蘇芳はぐっと言葉を呑み込んだ。
「……俺は、芳鷹から蘇芳になった。記憶も鮮明に残っている……お前を始めて見た瞬間に、瑠璃だと気付いた……だから、またお前が俺の隣にいてくれることが、素直に嬉しいんだ」
言葉を選ぶようにして伝えて来る蘇芳に、碧羅は胸がぎゅっとなった。
「私は……まだ、瑠璃の記憶を見ただけで、私が瑠璃だったというのは、正直あまりピンときていないんですけど……それでも、私も蘇芳さんの隣にいられることが、心から嬉しいと思ってます」
そう言いながら、碧羅がそっと蘇芳の手を握る。
「……なので、瑠璃としてじゃなくて、碧羅として、これからも蘇芳さんのお傍にいさせてください」
「勿論だ」
即答すると、蘇芳はその手をぎゅっと握って強く引き、そのまま碧羅を抱き締めた。
温もりと匂いがとても懐かしく、一瞬で愛しさが胸を満たす。
「今はそれで十分だ……でも、忘れないでくれ。俺はお前を愛してる」
「っ!」
ストレートな愛情表現の言葉を始めて受けた碧羅が顔を真っ赤にする。
少し体を離して、その頬に手を当てると、蘇芳は優しく笑った。
「はは、どちらが赤鬼かわからないな」
「揶揄わないでくださいっ!」
むっとして言い返すと、蘇芳は満足そうに頬を撫で、再び歩き出した。
「……結婚するなら、三途の川の上流に家を買うか」
「け、結婚っ?」
「何だ、しないのか? ずっと傍にいてくれるんだろう?」
「そ、そうですけど……いきなり結婚って……」
「戦から戻ったら祝言を挙げる約束だっただろう。いきなりどころか、千年くらい前から約束していたぞ」
本気なのか冗談なのかわからない口調で言う蘇芳。
碧羅として蘇芳との付き合いはまだ日は浅いが、そんな彼は初めて見る。
多分だけど、だいぶ浮かれているようだ。
「……ただ、結婚したら課は別になるかもな。今は鬼手不足だから、色々調整してからでないと難しいか……」
ぶつぶつと呟く蘇芳が、なんだか可愛らしく思えて、碧羅は思わず笑ってしまった。
「……何がおかしい?」
「いえ。何でないです」
笑いながら答える碧羅に、少しだけむすっとした顔になった蘇芳が、ぎゅっと手を握り直す。
「……お前も、望みがあれば言え。俺にできることなら、何でも叶えてやる……芳鷹の時にできなかった分、これからは全部やるぞ」
「……考えるので、少し時間をください」
急に言われても望みなど出てこない。碧羅はなんとかそう答えると、蘇芳は嬉しそうに頷いた。
「勿論だ。俺たち鬼には、時間は無限にある」
しかも仕事は、特殊な事件が起きない限りは原則超ホワイト。
これからは充実した日々が過ごせそうだ。
蘇芳が歩幅を合わせて隣を歩いてくれていることの幸せを噛み締め、碧羅は彼の手をそっと握り返すのだった。
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