漆:裏切りの種
蘇芳が碧羅を連れて天元城に戻ると、城内は妙に騒然としていた。
「ああ! 碧羅ちゃん! 無事だったのね! 良かったわ!」
二人の姿を見るなり駆け寄って来た玄に、蘇芳が短く尋ねる。
「何かあったのか?」
「ええ、それが、ついさっき、地獄管理課に何者かが侵入して暴れたらしくて、負傷者が出たの」
「何者かが侵入?」
不審そうに眉を顰めた蘇芳に、玄が剣呑な表情で頷く。
「ええ。多分だけど、桔梗ちゃんだと思うわ」
「気配は?」
「察知できなかった……でも、アタシの勘が言っている」
「……お前のその手の勘は、外れないからな……」
蘇芳が嘆息して碧羅を振り返る。
「お前はもう寮へ戻れ」
「え、でも……」
そんな緊急事態に自分だけ帰って良いのか、と言いかけた、その時だった。
ずどん、と、何かが爆発するような音が響いた。
合同調査本部の部屋からだ。
「っ! 行くぞ!」
蘇芳が走り出す。玄と碧羅は即座にそれに倣った。
「っ!」
合同調査本部に着くと、出入り口の扉が吹っ飛んで中から黒い煙が上がっていた。
「おい! 誰かいるか!」
入口から蘇芳が声を掛けつつ中を覗き込む。
「……桔梗……」
そこには、行方不明となっていた紫鬼、桔梗が立っていた。
その足元には、ユーアと浅葱が倒れている。
「どういうつもりだ!」
蘇芳が身構えながら問う。桔梗はゆらりと振り返ったが、目の焦点が合っていない。
「……操られている……?」
「そんな、乱鴉はもう滅したはずでしょうっ?」
玄が驚いた声を上げる。
「……乱鴉じゃないとすると、一体誰が……」
蘇芳が目を細めた直後、桔梗が右手を振り払った。
刹那、妖力が刃と化して、蘇芳たちに襲い掛かる。
「結!」
玄が唱え、結界を織り成してそれを弾く。
ランク青の桔梗の妖力では、ランク紫の玄には敵わない。
玄の結界に阻まれた妖力の刃は、呆気なく四散して消えてしまった。
「メザワリナ、アカオニヲ、シマツスル」
棒読みで紡がれた言葉。
赤鬼、その言い方に碧羅は眉を寄せた。
蘇芳を赤鬼と呼ぶのは、碧羅が知る限り乱鴉だけだ。
しかし、乱鴉は先程完全に消滅したはずだ。
まさかまた、滅しきれずに復活したのか。
それとも、消滅した後も効果が切れてないような術なのか。
「キエロ」
桔梗が再び右手を掲げる。
「……闘い方があまりにお粗末ね」
玄が嘆息した直後、蘇芳が右手を薙ぎ払った。
妖力が鞭のように伸び、桔梗を縛り上げる。
「縛!」
蘇芳の妖力によって捕縛された桔梗が、かくんと気を失ったように頽れた。
妖力で支えながら床に寝かし、蘇芳が駆け寄る。
「……気を失っているな……」
「救護課を呼ぶわね。ユーアちゃんと浅葱ちゃんは大丈夫そう?」
玄に尋ねられ、それを確認した蘇芳がほっと息を吐く。
「ああ、二人とも気を失っているだけのようだ」
「そう、良かった」
玄が頷いて、救護課に連絡を入れる。
その横で、蘇芳は部屋を見渡して眉を顰めた。
「蘇芳さん?」
「……妙な気配がする」
「妙? 乱鴉ですか?」
「いや、霊力じゃない。妖力の気配だ……」
妖力なのに妙とは、どういうことだろうか。
碧羅が首を傾げつつ、視線を巡らせるが、何もわからない。
と、蘇芳が救護課への連絡を終えた玄を振り返った。
「……アイアとストロン、滅紫はどうした?」
「碧羅ちゃんが乱鴉に攫われたって連絡が来て、一旦天元城に戻ったんだけど、アイアちゃんは天国から緊急連絡があったとかで一回帰ったわ。その後はわからない」
ふむ、と蘇芳が頷く。
「ストロンと滅紫を探せ。あと、松葉と琥珀、白花もだ。狙われる可能性がある」
「狙われる? 誰に?」
「桔梗を操作した誰かだ。多分、そいつの狙いは俺だろうが、俺に近い鬼を無差別に襲う可能性は否定できない」
確かに、先程桔梗は「メザワリナアカオニ」と言った。
つまり蘇芳を消したいと思っている何者かの仕業と考えるのが妥当だ。
乱鴉ではないとすると、一体誰が。
碧羅が思考を巡らせていると、救護課の鬼が駆け付け、浅葱とユーア、桔梗の応急処置を開始した。
ちなみに、医療部にはいくつか課があり、このように現場に駆け付け応急処置を行うのが救護課で、医務室を使って急患の対応をするのが救急課だそうだ。
彼らは、応急処置が済み次第、救急課の待機する医務室に運び込まれることになる。
「じゃあ、アタシは現世警護課に行くわ。今なら琥珀ちゃんと松葉ちゃんはいるはずだから。その後、白花にも連絡するわね」
「ああ、頼んだ。碧羅、お前は俺と一緒に、ストロンと滅紫を探しに行くぞ」
「わかりました」
倒れた三人を救護課に任せ、三人は部屋を後にしたのだった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




