陸:お守り
乱鴉が、成功を確信して高らかに嗤った。
「これで! これで瑠璃は、永遠に俺のもの……!」
しかし、碧羅の胸の痛みは変わらずだった。
逆をいえば、碧羅の意識はまだ紙一重で残っていて、乱鴉が望んだ魂の融合とやらは起きていない。
「……何故だ……! 確かに術式は成功したはず……!」
動揺する乱鴉の眼に、碧羅の胸元に揺れる勾玉が映った。
「それは……!」
その勾玉は、碧羅が鬼になった時に、閻魔大王がお守りと言ってくれたものだ。
乱鴉の術を受けて、碧羅の魂を身体に繋ぎとめてくれていたらしい。
痛みで意識を飛ばしかけていた碧羅が、助かったと直感した、その刹那。
「碧羅!」
声がした。
その声を聞くだけで、もう大丈夫だと、心の底から安堵が込み上げる。
「っ! 蘇芳さん……!」
頭上から文字通り飛んで来た蘇芳は、すぐに状況を把握して、碧羅の周りに刻まれていた文字を踏み付け、蹴散らした。
その瞬間、碧羅の身体から痛みが消え、一気に呼吸が楽になる。
ついでに束縛の術も解除されたらしく、身体に自由が戻った。
「っ! 赤鬼ぃ!」
魂を融合する術が破られて、乱鴉が激昂する。
彼の身体から、どす黒い霊力が噴き出した。
「いい加減、決着をつけるぞ! 赤鬼! 此処で死ねぇ!」
黒い霊力が、刃となって蘇芳に向かう。
蘇芳が日本刀を顕現させてそれを斬り裂くが、霊力は無限に蘇芳に襲い掛かる。
「死ぬのはお前だ! 乱鴉! ここで完全に滅する!」
蘇芳の周りに、真っ赤な妖力が渦を巻く。まるで炎のようだ。
ばちばちと音を立てながら、蘇芳の妖力と乱鴉の霊力が何度もぶつかり合う。
蘇芳が日本刀を振り翳し、乱鴉が霊力でそれを受け止める。
その度に爆風のような風が発生し、辺りは粉塵に覆われていった。
「っ! 蘇芳さん!」
たまらず、勾玉を握り締めながら叫ぶと、その直後、何かが貫かれるような鈍い音がした。
嫌な沈黙が流れ、砂埃が薄らいでいくと、蘇芳が手にした日本刀が、乱鴉の胸を貫いているのが見えた。
即座に蘇芳が何か唱え、乱鴉の足元に六芒星が顕現する。
「こ、これは……!」
「魂をこの場に拘束した。もう逃げられんぞ」
「赤鬼ぃ………!」
恨みがまし気に蘇芳を睨む乱鴉。
蘇芳が別の呪文を唱えると、彼の身体が深紅の炎に包まれた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
耳を劈く断末魔に、碧羅の口から無意識に「お館様……!」という言葉が漏れた。
乱鴉の黒い目が碧羅を見る。
何かを訴えるように唇が動くが、言葉は炎に掻き消され、碧羅に届くことはなかった。
やがて、灰も残らずに、全てが燃え尽きた。
「……これで、乱鴉は……」
「ああ、今度こそ完全に滅したはずだ」
ふう、と嘆息し、刀を鞘に納める蘇芳。
その姿に、碧羅は目を瞠った。
「……芳鷹……?」
その名を呼ぶと、蘇芳ははっとして碧羅を振り返った。
「……どうしてその名を……?」
「瑠璃の記憶の一部を、思い出したんです……乱鴉は、瑠璃が使えていた主人、旭直影だったと……」
そして、瑠璃が想いを寄せていた幼馴染、芳鷹。
瑠璃の記憶にある彼の顔は、蘇芳とは全く別人だ。
しかしそれでも、今この瞬間、碧羅は何故か芳鷹と蘇芳が同じ人物だと思った。
「……瑠璃の幼馴染に、芳鷹という人がいました……まさか、蘇芳さんが……?」
蘇芳は、泣きそうに顔を歪め、額を押さえた。
「……そうだ」
絞り出された声に、碧羅の漆黒の瞳から涙が零れ落ちる。
「……あの最後の戦で、俺は背後から矢を受けた。敵の者でも味方のものでもない、黒塗りの矢だった……」
彼の言葉に、直影が芳鷹を呪ったと語っていたことを思い出す。
まさか、本当に呪いが芳鷹を殺していたのか。
「瑠璃を想いながら三途の川を渡り、閻魔大王様の裁きを受け、俺は自らが呪い殺されたことを知らされた……そして、閻魔様が俺の武士としての力量を鬼の素質として認めてくださり、鬼になった……」
そうだったのか。蘇芳は蘇芳で、辛い時を過ごしていたのだな。
彼のこれまでを思うと、涙が込み上げてくる碧羅だが、そんな彼女を、蘇芳は少しぎこちない手つきで優しく抱き締めた。
「……とにかく、お前が無事でよかった……」
「はい、私も、蘇芳さんが無事で、よかったです……」
彼の背に手を回してしがみ付く碧羅に、蘇芳は何かを堪えるような顔をして、それを隠すように彼女の肩に顔を埋めるのだった。
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