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転生ではなく地獄に転職する道を選んだら労働環境が超ホワイトでした  作者: 雪途かす
第三章 呪術師との最終決戦

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肆:約束

 誰かが呼んでいる。

 その声に振り返る。屋敷の縁側に立っていた人物が、自分と目が合って破顔した。


「瑠璃!」


 二十歳前後の青年だ。

 質の良い狩衣と、烏帽子を被っていることから、かなり高位の存在であることがわかる。


「お館様!」


 自分の口が、勝手に言葉を発して、その人の許に駆け寄って一礼した。


「何か御用でしょうか」

「いや、姿が見えたからつい呼んでしまっただけだ」


 そう言って、彼は楽しそうに笑う。

 自分を見つめる優しい眼差しが、兄のようで好きだったことを思い出す。


 そうだ。これは、遠い過去の記憶だ。


 彼はあさひ直影なおかげ

 旭家の若き当主で、女中を務めていた瑠璃の主人である人物だ。


 瑠璃は、優しい主人をとても尊敬していた。

 しかしそれは、あくまで主人に対する畏敬の念。


「瑠璃ー? どこなのー?」


 遠くから自分を呼ぶ、女中頭の声がした。

 主人の手前勝手に下がることができず、直影を見上げると、彼は優しく微笑んで、行きなさいと言ってくれた。


 一礼した瑠璃がその場を離れ、自分を呼んでいた女中頭の許へ向かう。


「すみません! 遅くなりました!」


 駆け付けた瑠璃に、女中頭はにっこりと笑った。


「大丈夫よ。いい報せが来たから早く教えないとと思って」

「いい報せ?」

「戦が終わって、武士たちが帰ってきたんだって!」

「っ! じゃあ……!」

「ああ、帰ってきたって聞いたよ。芳鷹よしたかもね」


 女中頭がその名を口にした瞬間、視界がぐにゃりと歪み、気付いた時には別の場所にいた。

 陽が沈み、月明りが照らす川岸だ。


「瑠璃!」


 呼ばれて振り返る。

 狩衣姿の長身の青年が、笑顔で駆け寄ってくる。

 

 その顔には見覚えがあった。


 先日の夢に出て来た青年だ。

 幻惑の路で、何か言いたげにこちらを見ていた青年と同一人物であると、碧羅はこの時気付いた。


「芳鷹!」


 自分の口から、その名が飛び出す。

 名を呼ばれた青年は、駆け寄って来た勢いのまま、瑠璃をぎゅっと抱き締めた。


「ああ、瑠璃! やっと帰って来られた!」

「おかえりなさい! 無事で良かった……」


 涙ぐみながらそう告げると、芳鷹はにかっと笑った。


「俺が負けるはずないだろう?」


 そうだ。芳鷹はそういう男だ。

 いつも自信に溢れ、実際に実力も伴っている。

 だから武将の覚えもめでたく、順調に出世しているのだ。


「……約束通り、結婚してくれるだろう?」


 瑠璃の手を両手で握って迫る芳鷹に、瑠璃は泣きそうな顔で頷いた。


 先の戦に出立する直前、彼は瑠璃に求婚した。

 瑠璃の気持ちは決まっていたが、戦に赴く彼が心配で、無事に戻ったら結婚してやると答えたのだ。


「やった! 幸せにする! この先、何があろうと俺がお前を守るからな」


 痛いくらいの力で抱き締められて、瑠璃も彼の逞しい背に手を回す。


 その幸せを噛み締めた直後、また視界が歪んだ。


 深い霧の中、目の前に芳鷹がいる。

 鎧を纏い、今まさに戦に出向く直前の早朝だ。


「……本当に行くの?」

「……ああ。命令だからな」

「そんな……死にに行くようなものよ……!」


 何とかならないのかと訴える瑠璃に、芳鷹は痛みを堪えるような顔で首を横に振った。

 そして、瑠璃の両手を優しく握る。


「約束する。必ず生きて戻る! 戻ったら、祝言を挙げよう」


 その言葉に、瑠璃は涙ぐみながら小さく頷き、彼の手をそっと握り返した。


「……どうか、気を付けて」


 瑠璃の口から発せられたその言葉を聞いた瞬間、碧羅は夢から放り出された。


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