参:鎖
樹海で謎の六芒星に囚われた碧羅は、気が付くと、小高い丘の上にいた。
周りは木々に覆われているが、一部は開けていて、少し遠くに海が見える。
太陽が傾き、真っ赤に燃えているような夕焼け空が広がっている。
「……ここは……?」
目を瞬いて、辺りを見渡す。
同時に、身体が動かないことに気付いた。
岩の上に座った状態のまま、視えない鎖に縛られているかのように、首から下が動かせない。
「……何なの、これ……」
動揺する碧羅。その時、背後で土を踏む音がした。
「っ!」
蘇芳でも玄でも天使たちでもない気配。
鬼となって日が浅い碧羅でも、もうしっかり記憶した、血の気が引くような、嫌な気配。
「……乱鴉……」
呟くと、気配はすっと碧羅の横にやってきた。
四十代ほどの男性の姿。やせこけた頬、血の気の失せた肌、ざんばらの黒髪を無造作に束ねていて、僧侶のような黒い袈裟を着ている。
「ああ、瑠璃……ようやく、ようやくこの時が……」
愛おし気にそれが名を呼ぶ度に、碧羅は心臓が鷲掴みにされたような心地になった。
「……瑠璃って、誰のこと……? 私は、碧羅よ」
息が詰まりながらも言葉を返すと、彼はゆっくりと首を横に振った。
「いいや、その魂は間違いなく瑠璃だ……俺はその魂が欲しい」
「魂が欲しい……? 私を、どうするつもり……?」
尋ねると、彼は碧羅の頬に手を伸ばし、うっそりと微笑んだ。
眼の奥に、昏い光が視える。
碧羅にはそれが、とても、とても嫌な感情に思えた。
「……ひとつになるのさ。俺とお前の魂を融合させ、永久に一緒になる。ようやく、その術が完成したんだ」
現世でよく聞く、ストーカーが好意を寄せた相手に付き纏って最終的に殺してしまうマインドはこういうことなのだろうか。
手に入らないなら殺す。
殺せば永遠に、お前は俺のもの。
更に乱鴉は、自らの術により魂を取り込むことができ、文字通りひとつになると言っているのか。
理解できない思考と言動に碧羅は戸惑いつつも、どうにか時間を稼ぐ方法を考えた。
きっと蘇芳は自分を探してくれているはず。
少しでも時間を引き延ばせば、きっと彼が助けに来てくれる。
そう信じて、碧羅は思考を巡らせた。
「……魂が融合したら、私はどうなるの?」
「俺と一つになる。俺の中でお前は永久に生き続ける。どうだ、嬉しいだろう?」
その問いに答えたら駄目だ。碧羅は咄嗟に察する。
否定すればきっと逆上し、肯定すれば大喜びで、彼はその魂を融合させる術とやらを展開するだろう。
とにかく今は、話題を逸らして時間を稼ぐしかない。
「……貴方は、何故『瑠璃』に固執するの?」
「……そうだな。お前は覚えていないだろうな……人間は転生と同時に記憶を洗い流される……だが、俺は忘れない。お前が笑いかけてくれた日々を……」
「……瑠璃と貴方は、同じ時代にいた人間だったの?」
言葉を選びながら、碧羅は会話を引き延ばす。
それを察しているのかいないのか、ただ瑠璃と同一の魂の持ち主だという碧羅と会話できるのが嬉しいのか、彼はいやに饒舌に語り始める。
「ああ、お前と俺は同じ時代を生きた……あの忌まわしき戦がなければ、俺とお前は結ばれるはずだった」
戦で引き裂かれた。
その言葉に、忘れていた、夢に見た光景の一部が脳裏に浮かんだ。
胸を貫いた矢。伸ばした手を握り締めた女。
そして、空を乱れ飛ぶ鴉。
その刹那、碧羅は唐突に理解した。
あの光景は、自分ではなく、乱鴉が人間だった頃、最期に見た光景だったのだ。
そして、手を握った女性こそが『瑠璃』だった。
「っ!」
ずきん、と頭に痛みが走った。
「瑠璃? どうした?」
乱鴉が戸惑った様子で碧羅の顔を覗き込む。
その漆黒の瞳を見た瞬間、碧羅は目を瞠った。
「……あ……お、お館様……?」
碧羅の口からその言葉が零れた瞬間、乱鴉の瞳が凍り付いた。
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