弐:樹海
そこは、鬱蒼としていていかにも不気味な雰囲気の森だった。
大きな木が別の木に倒れ掛かり、ちょうど門のような形になったところに繋がったらしい。
人為的に造られた扉や門だけでなく、自然が創り出したそういう形状の場所にも繋がるのか、と妙に感心する碧羅だった。
「……探!」
玄が目を閉じ、胸の前で印を組んで唱える。
「……駄目ね、桔梗ちゃんの気配は感じない……少なくとも日本近郊にはいなさそうね」
首を横に振る玄。探知術とやらはそんな広範囲まで探せるのか。と碧羅は内心驚く。
「とはいえ、天国は天使たちが探してくれているはずだし、私とアイアちゃんは、移動しながら空からもっと広範囲を探すとするわ」
「そうだな……」
嘆息し、蘇芳も同じように探知術を使って今度は乱鴉の気配を辿る。
「……こっちも乱鴉の気配を察知できない……」
「でも、乱鴉の場合は桔梗ちゃんと違って、気配を感じないからといって、いないとは限らないわ」
「ああ、隠れている可能性が高い。手分けして探すしかないな……」
玄の言葉に蘇芳が嘆息し、空を仰いだ。
「ちょうど、ここは日本の中心付近だ。西と東に分かれよう。四時間探して見つからなければ、天元城へ引き上げること。また、乱鴉か桔梗を発見した時点で報告し、報告を受けたら全員そこへ急行すること」
分かれて探す、と言われたユーアが不満そうな顔をする。
「では、私たちは西を……ユーアさん、行きましょうか」
滅紫が、不穏な表情で碧羅を見るユーアに気付いてさっと促す。
「じゃあ、アタシたちも行きましょうか、アイアちゃん」
がしっとアイアの肩を掴んで、彼が何か言うより早く、玄が身を翻し、半ば引き摺るようにして空へ舞い上がっていった。
「……俺達も、北東方面へ進みながら都度探知を行うぞ」
二組を見送って、蘇芳が碧羅を振り返る。
その時だった。
どくん、と碧羅の心臓が突然大きく跳ねた。
「っ!」
心臓が鷲掴みにされたかのような痛みに、思わず胸を押さえてその場に蹲る。
「碧羅? どうした!」
蘇芳が慌てて屈み、碧羅の肩を掴む。
「く、くるし……」
息ができない。
碧羅が喘ぎながら、胸元から勾玉と護符を取り出す。
「っ!」
護符が、真っ黒に染まっていた。
昨日、新しいものと取り換えたばかりなのに。
「馬鹿な! 月白の護符が、こんな短時間で……」
言いながら、蘇芳が印を結ぶ。
「浄!」
唱えて浄化を試みるが、碧羅の呼吸は楽にならない。
「くそ! 乱鴉が近くにいるのかっ?」
蘇芳は辺りを見渡すが、乱鴉の気配は感じない。
刹那、碧羅の足元に、六角の星が光った。
「籠目……!」
蘇芳が目を瞠る。
これは、籠目と呼ばれる六芒星で、乱鴉ではなく鬼がよく使う術だ。
では、これは乱鴉ではなく、桔梗の仕業か。
いや、それを決めつけるのも早計だ。
今はとにかく、碧羅を助けないと。
判断は一瞬だった。
蘇芳が、碧羅を安全な場所に移すため、無理矢理冥府に道を繋げようと術式を展開する。
しかし。
「遅い」
声が聞こえた刹那、碧羅の姿がその場から掻き消えてしまった。
「っ! 碧羅!」
残された蘇芳は忌々し気に歯噛みし、拳を握り締めた。
それからすぐに、連絡用の水晶玉を取り出して連絡部へ繋ぐ。
「緊急事態発生。現世、流冥門出口付近にて、新人碧羅が何者かに強制転移させられた。足元に浮かび上がったのは六芒星のため、乱鴉以外の者による可能性も視野に入れ、捜索を開始する。至急、現世警備課と防衛部を現世に派遣してくれ」
戸惑った様子とともに、「了解」の言葉が水晶玉から聞こえてくる。
蘇芳は、一度息を整えて、両手で印を組んだ。
「覓」
唱えると、蘇芳の眼に、碧羅の妖力が糸のように細く、遠くへ続いているのが視えた。
蘇芳はその糸の先を睨むと、脚に力を込めて、大きく跳躍した。そのまま宙へ駆け出し、虚空を駆けていった。
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