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転生ではなく地獄に転職する道を選んだら労働環境が超ホワイトでした  作者: 雪途かす
第二章 天使との合同調査本部

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捌:怪しい影

 蘇芳と碧羅が合同調査本部室に戻った時、そこにいたのは浅葱と滅紫、ストロンの三人だった。


 アイアとユーアは天国へ戻ったらしい。

 浅葱が今日の出来事を報告書にまとめるため残業することにし、滅紫がその手伝いを申し出ると、それを聞いていたストロンも手伝いたいと言い出したそうだ。


 その三人に、桔梗が容疑者、もしくは乱鴉に操作されている可能性があると話すと、浅葱が露骨に驚いた顔をした。


「桔梗さんが……? そんなまさか……先日の研修会議でご一緒しましたが、とても真面目に講習を受けていました……とても、操作されていたり、まして乱鴉に与しているようには見えませんでした……」

「そうか、お前は桔梗とほぼ同期だったか」


 冥府の鬼同士は、本来課が異なるとあまり接点はないのだが、同時期に鬼になると研修やらなんやらで他の課の鬼と察する機会があるのだ。


「桔梗が乱鴉に操作されているとして、常時操作されているとは限らん。そもそも、いつから操作されていたのかもわからんしな」

「それは、確かに……」

「とにかく、桔梗を見つけたら即座に拘束してここへ連れてくることだ。ストロン殿、申し訳ないが、至急アイア殿とユーア殿にもこのことを伝えてほしい」

「承知した」


 ストロンが立ち上がり、本部室を出ようとするが、それを浅葱が引き止める。


「ちょっと待ってください。ストロンさんは桔梗さんの顔がわかりませんよね? それにユーアさんも……僕か滅紫さんのどちらかが一緒に行動しないと、万が一鉢合わせてもわからないのでは?」

「では私が同行しよう。浅葱、君は引き続きデータ分析を頼む」


 即座に立ち上がってストロンに並ぶ滅紫。

 二人並ぶと体格の良さが際立つ。


「蘇芳さん、行って参ります」

「ああ、気をつけろ」


 二人を見送って、蘇芳は浅葱が纏めていた書類に視線を移した。


「乱鴉の霊力の分析結果……? もう出たのか?」

「ええ。先日天元城で検知された乱鴉の霊力を測定した結果、微弱ですが、乱鴉とは別人の霊力を確認できました。これは、乱鴉が別の人間の体に入り込んでいることを示しています」

「入り込む? 操作していただけではなく?」

「操作した場合は、魂が対象の体に入る訳ではないので、乱鴉と体の持ち主の霊力の比率が逆転します。霊力は魂と体のどちらにも宿りますが、魂に宿る霊力の方が圧倒的に多いのです」


 浅葱の説明に、蘇芳は目を細めた。


「つまり、乱鴉は転生を繰り返していると思われていたが、実際には他者の体を無理矢理乗っ取っていたということか?」

「はい。その可能性が非常に高いかと。その他者というのが、生者か死者かはまだわかりませんが」


 その浅葱の言葉に、蘇芳は額を抑えた。


「……せめて死者であってほしいところだな。少なくとも、俺は十人以上の体を焼滅させてしまった」


 己の行動を悔いているような言い方だ。

 碧羅が何も言えずにいると、浅葱が淡々とした口調で言い放った。


「あくまで僕の推測ですが、もし生者だったとしても、乱鴉の魂が体に入った時点で意識は保てず、本人の魂は乱鴉に取り込まれているはずです。魂は通常一人の体に一つしか入りませんからね。そのため、乱鴉の魂が抜けたとしても、元の体の持ち主が本人として蘇る可能性は低いと思われます」


 彼が励ましているつもりなのかわからないが、蘇芳は小さく頷く。


「……いずれにせよ、死者への冒涜に繋がる。一刻も早く、乱鴉を捕らえるしかない」

「ええ、今はとにかく、桔梗さんを捕らえて、情報を引き出しましょう」


 浅葱の言葉に、碧羅と蘇芳が頷いたその時、蘇芳の胸元で何かが鳴った。


『蘇芳さん、聞こえますか?』


 連絡部からの通信だ。蘇芳が水晶玉を取り出す。


「ああ、どうした?」

『冥視鏡が妙な影を捉えました。封幽門付近です。至急、ご確認を』

「わかった」


 声は乱鴉の気配については言及しなかったが、このタイミングでは、何かしら関係があるのではと思えてしまう。


 三人が顔を見合わせる。


「聞こえただろう。お前たちも来い」

「僕もですか?」


 意外そうな顔をした浅葱に、蘇芳が部屋を一瞥する。


「ストロンが退出中の今、お前を一人で残していくのは危険だ」


 実際、浅葱はデータ分析のための事務要員としてこの合同調査本部のメンバーに選ばれたため、戦闘力はさほど高くない。

 もし、浅葱が一人でいる時に乱鴉が現れ、彼が殺されたり取り込まれるようなことがあれば、冥府にとってはかなりの痛手になる。


 自分の戦闘能力を理解している浅葱は、蘇芳の言葉にすぐに納得した様子で頷いた。


 三人は、急足で封幽門へ向かう。

 封幽門は、現世と冥府を繋ぐ三つの扉のうち、常時同じ場所同士が繋がっている白い扉を指す。

 それがあるのは、死者が閻魔大王からの裁きを受ける裁きの間のさらに奥、天元城の最奥だった。


 そこに通じる廊下に入る時点で、一定以上の役職か、または特別な許可を得た者しか通れないように、鉄格子によって封鎖されていた。

 その廊下の天井には、現世でいう監視カメラと同じ働きをする冥視鏡が、かなり狭い間隔でぶら下がっている。

 その廊下を前に、浅葱が緊張した面持ちで呟いた。


「……この奥に、封幽門が……」

「浅葱さんは見たことないんですか?」

「はい。地獄管理課は基本的に天元城ではなく橋の向こうにある地獄の整備を担っていますので、僕も普段はほとんど地獄側の管理棟にいますし」


 鉄格子を確認していた蘇芳が、怪訝そうに視線を巡らせた。


「解錠した形跡はないな。この鉄格子を擦り抜けたというのか……」


 廊下の入口に設置されているのは子供でも通り抜けるのは困難はほど、細い間隔の格子だ。


「どうしますか?」

「とりあえず、連絡部からの要請通り、封幽門の様子を確認する。万が一、乱鴉が封幽門を開けるようなことになったら、大変なことになるからな」


 封幽門は、現世と冥府の同じ場所同士を常時繋ぐ扉だ。


 琥珀曰く、その扉が開くと、三途の川を渡る前の死者が現世に戻ろうと逆走して、大量に幽霊になってしまう、ということだった。

 それを思い出した碧羅は、ふと疑問を抱いた。


「……あの、こんな時に恐縮ですが、質問しても良いですか?」

「ああ、どうした?」

「冥府と現世を繋ぐのは三つの扉だけなんですよね? 死者はどうやって三途の川の畔まで来るんですか? 私は気付いた時には三途の川の畔にいたので……」

「生き物は死ぬと魂が肉体から離れて浮かび上がって来る。それを現世魂輸送課の鬼、通称死神が搔き集めて三途の川の畔に送り届けるんだ」


 死神もいたのか。と驚く碧羅に、浅葱が控えめに口を開いた。


「三途の川の畔までは、一日一便、列車が運行していて、死神たちは、搔き集めた魂をそれで輸送します。ほとんどの死者は、死んでからしばらくの間、魂の状態に慣れるまでは意識を保てませんから、この辺りの記憶はなくて当然です」

「列車が?」


 そういえば、生前に見た映画で、あの世に電車で向かう話があったっけ、とぼんやり思い出し、それが本当だったことに僅かに感動する碧羅である。


「列車が走るのは特殊な空間でな。太古の時代に、閻魔大王様と神とが協力して道を開いたらしい。そこは列車に乗らなければ、鬼も天使も通ることはできないようにできている。そのため、三途の川の畔で意識を取り戻した死者が、蘇ろうと逆走しようとしても無駄だ」

「でも列車に乗れば、現世に戻れるってことですか?」

「理論上はそうだが、実際列車は一方通行のみだ。現世行きはない」


 ああ、そういえば前世で見た映画もそうだったな。そんな所も同じなのか。今度落ち着いたら列車を見に行きたいな。後で蘇芳さんに聞いてみよう。

 碧羅がそんなことを考えていると、蘇芳が鉄格子の中心にある紋章のようなものに手を翳し、何やら呪文のようなものを唱えた。


 刹那、がしゃんと音がして、錠が開く。


「行くぞ。くれぐれも、気を抜くなよ」


 剣呑な声色で意識を引き戻され、碧羅は己の両頬を軽く叩いた。


「はい!」


 碧羅と浅葱が声を揃えて返事をし、三人は鉄格子を潜った。


 封鎖されている廊下というだけあって、封幽門に繋がる廊下は暗く、人の気配は当然ない。

 天井にぶら下がっている目玉のような冥視鏡が、時々瞬きをしながらきょろきょろと辺りを見渡している。


「……あれが、封幽門……」


 奥に聳える白い扉が目に入った瞬間、碧羅は無意識に息を呑んだ。

 毎回異なる場所に繋がる青い流冥門、緊急時に任意の場所に強引に道を繋げる赤い禁鍵門、それらとは全く異なる、妙な威厳のようなものがある。


 その白い扉に触れて、蘇芳は何かを感じ取るように瞑目した。


「……異変はないな。妙な妖力、霊力、呪力、いずれも感知できん」


 ふう、と蘇芳が息を吐いた、その時だった。


 碧羅の視界の隅を、妙な影が掠めた。


「ん?」


 そちらを振り向いた瞬間、碧羅の視界が真っ暗になり、力が抜けてその場に倒れ込んだ。

 碧羅の名を呼ぶ蘇芳の声が、やけに遠くに聞こえる。


 色を失った彼のその声を聞きながら、碧羅は意識を手放した。

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