陸:間一髪
目の前で碧羅が貫かれそうになるのを見て、蘇芳は己の妖力を全開放した。
しかし、彼の妖力が攻撃に変わるより、ほんの僅かに早く。
「おっと! ぎりぎりセーフ!」
碧羅の前に降り立った誰かが右手を振り払った。
刹那、黒い光が閃き、碧羅に迫っていた黒い靄の刃が全て弾け散った。
「な……! 無限靄刃が……!」
愕然とする乱鴉に、状況を理解した蘇芳が即座に斬り込む。
「くっ!」
乱鴉はそれを躱し、再び激しい攻防が始まる。
「危なかったわねぇ、大丈夫? 碧羅ちゃん」
聞き慣れたハスキーボイス。
顔を上げた碧羅は、自分を見つめる優しい紫の瞳を見つけて、心底ほっとした。
「玄さん……! だ、大丈夫です……!」
「間に合って良かったわ」
玄はにっこり笑うと、ぱん、と手を叩いた。
「破!」
その声と音に呼応するように、その場の空気が激しく震えた。
凄まじい勢いで、辺りに残っていた黒い靄を一掃する。
現世警護課で蘇芳に次ぐ攻撃力を誇るというのは本当らしい。
「碧羅さん! 大丈夫ですか!」
一拍遅れて、アイアが駆け付ける。彼は即座に、鬼とは異なる術式の結界を張った。
玄も攻撃に転じようと身構える。
と、乱鴉はそれを受けて大きく後ろに飛び退くと、ちっと舌打ちした。
「……流石にこれは分が悪いな。一旦退こう」
彼はそのまま闇に溶けるように消えていく。
「待て!」
蘇芳が妖力を放つが、それは空を切った。
「逃げられたか……」
蘇芳は忌々しげに吐き捨て、周囲を警戒しつつ碧羅に駆け寄った。
「碧羅、大丈夫か? 怪我は?」
「大丈夫です」
答えた碧羅に本当に怪我がないことを確認して、蘇芳は肺が空になるまで息を吐き出した。
「……まさか、お前に助けられるとは思わなかった」
「え? 蘇芳さんの結界に助けてもらったのは私の方ですよ?」
きょとんと目を瞬く碧羅。
蘇芳の背後に迫っていた黒靄の鎌を、妖力で弾いたのは完全に無意識だったらしい。
「……時間がある時に、妖力の使い方を白花に習うといい。妖力操作ならアイツが一番長けている」
「わかりました」
蘇芳のアドバイスに、碧羅は頷きつつも、ただでさえ時短勤務で忙しい白花にそんなことを頼んでいいのだろうかと考える。
「大丈夫よ。白花はあれで面倒見いいから、頼めば時間くらい作ってくれるわよ。それより、とにかく二人が無事で良かったわ」
改めて二人を見て、玄がふっと微笑む。
蘇芳が頷き、感心した風情で玄とアイアを見比べる。
「ああ、正直玄が来てくれて助かった……しかし、よくここへ来られたな」
「連絡部から『乱鴉の気配を察知したため二人に現世に行ってもらった』って聞いて、嫌な予感がしたの。だからつい、ね」
うふふ、と誤魔化すように笑う玄。
禁鍵門は閻魔大王の承認の許、管理職三名が大量の妖力を注ぎ込まないと使えない。先程蘇芳と碧羅が通ってきたことを考えると、連続で使用許可が出るとは考え難いが、どうしたのだろうか。
「滅紫たちは?」
「お留守番。というか、扉番?」
含んだように笑う玄に、碧羅が察する。
閻魔大王に直訴でもしたのか、管理職の代わりに滅紫たちに妖力を注ぎ込ませたのだと。
「緊急事態だから、閻魔大王様もお許しくださったわ」
「……閻魔大王様の許可を得たなら俺からは何も言うまい」
蘇芳が額に手を当てて嘆息する。
「とにかく、一度戻りましょう。幸い、今の時間は向こうの神社の鳥居が、流冥門と繋がってるみたい」
玄の言葉に、皆素直に従って移動した。
神社に着くと、本当に鳥居が淡く光っており、冥府への道が繋がっていることを示していた。
「流冥門がどこに繋がっているかって、わかるんですか?」
「ええ。長く鬼をやっていると、流冥門の気配を察知できるようになるのよ」
この光る鳥居を目の前にしても、その気配とやらが全くわからない碧羅は目を瞬く。
「慣れたら碧羅ちゃんにもわかるようになるわよ」
苦笑気味にそう言い、玄が碧羅の肩を叩く。
「とにかく、道が繋がっているうちに戻りましょう。碧羅さんお手をどうぞ」
いつのまにか碧羅の隣にやってきたアイアが、すっと碧羅に手を差し伸べる。
その手を取って良いのかと困惑する碧羅に、玄が素早く動く。
「あら、アタシをレディ扱いしてくれるなんて、嬉しいわね」
「は? いや、僕は……」
碧羅さんを、と言いかけたアイアの手を強引に掴んで、玄はスタスタと歩き出した。半ば引き摺られるようにして、鳥居を潜っていく。
「……俺たちも戻ろう」
蘇芳が若干笑いを堪えるようにしながら、自然に碧羅の手を取った。
「は、はい」
流冥門でも、手を繋ぐ必要があるのだろうか。
そんな疑問が過ったが、蘇芳の手の温もりが心地よく、手を離したくないと思ってしまい、碧羅は無言のまま、蘇芳と並んで鳥居を潜ったのだった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




