弐:共同戦線
睨み合う蘇芳とアイアの間に、玄がすっと入り込んだ。
「はいはい。時間が勿体ないから、話を進めましょう?」
「……そうだな……天国地獄庁第三連絡局調整機構でも、乱鴉の存在を危険視している。つい先日、乱鴉を滅殺したという報告がこちらにも届いたというのに、その矢先、乱鴉の呪力をこの天元城で検知したと、死者の運送担当から聞いてな。その経緯と顛末を確認しにわざわざこの僕が出向いてやったという訳だ」
「わざわざ来ていただかなくても、今日中には報告書をそっちに送付する予定だった」
蘇芳は露骨に溜め息をつき、手元にあった書類をアイアに差し出す。
アイアは蘇芳を睨みつつそれを受け取り視線を落とし、目を細めた。
「……おい、結局天元城に現れた乱鴉が、どのようにして入り込んだのかと、その前の滅殺したという報告が虚偽だったということが書かれていないぞ」
「滅殺は嘘じゃない。実際、俺の炎で焼き、魂の消滅をこの眼で確認している……だが、それでも蘇るのが乱鴉だ」
「それを何度聞いたと思っている? 同じ報告の後、何度乱鴉の蘇りを許せば本当に滅殺するんだ。そもそも、本当に魂を消滅させられていたのか?」
アイアが低く唸るように言い放つと、聞き捨てならないとばかりに、琥珀が立ち上がった。
「蘇芳さんは間違いなく乱鴉を焼いて滅殺した! 俺だってこの眼で魂が消えたのを確認している!」
「だから、それならば何故、また乱鴉が現れるような事態になっているんだ。それも、今回は天元城の中に現れている。由々しき事態だ」
「それを言うなら、天使共は何で毎度毎度、何もしないで見ているだけなんだ。危険視しているなら、乱鴉の正体を突き止めるための調査に、人員を派遣してくれたっていいんじゃねぇのか?」
声を荒らげる琥珀に、アイアは忌々し気に眉を寄せた。
「これしきのことで荒ぶるとは野蛮な……そもそも、天国でも乱鴉の正体を探る調査は既に行っている」
「それなら、知っている情報を共有して、協力して乱鴉を追い詰めるべきでは?」
冷静な松葉の言葉に、アイアが一瞬言葉に詰まる。
大方、天使は鬼を見下していて、見下している相手に協力を申し出ることができなかったのだろう。
アイアという天使の青年の言動で、何となく天使という存在が鬼に対してどのような感情を抱いているのかを悟る碧羅だ。
「……もしや、貴方の今回の訪問の本当の目的は、乱鴉の調査に対する協力要請だったのでは?」
松葉の指摘に、アイアの肩がびくりと揺れる。図星か。
「協力要請? それにしては、最初から随分喧嘩腰だったぞ」
怪訝そうに首を傾げる琥珀に、事情を察した玄が肩を竦めた。
「乱鴉を追い詰めきれないこちらの責任を追及して、こっちから天国側へ協力してくれとお願いするように仕向けたかったんじゃないかしら?」
「協力を要請した側が、調査費用を多く持つのは暗黙の了解ですしね。そうなると天国側の意図も理解できるわね」
白花が、書類に何かを書き込む手を止めることなく呟く。
このひと、さっきからずっと手を止めずに発言している、と碧羅は今になって気付く。時短勤務故に、少しでも仕事を進めたいということだろうか。
「協力を要請したいのなら、それなりの態度ってもんがあるんじゃないかしら? ねぇ、天使サマ?」
立ち上がって見下ろしてきた玄に、アイアは顔を引き攣らせた。
アイアも決して背が低い訳ではないが、玄が長身なのだ。
しかも迫力のある美人であるが故に、上から凄まれると威圧感が倍増される。
「……す、すみませんでした……どうか、調査に、ご協力をいただきたく……」
半ベソ状態で絞り出したアイアに、内心同情してしまう碧羅である。
自分が彼の立場で、あのように玄に凄まれたら泣き出さずにはいられない気がする。
「……ならば、合同調査本部を設置するよう、上に稟議書を提出するか」
蘇芳が、そう言いながら素早く紙に何かを書き出した。
「松葉、大至急閻魔大王様にこの書類を出してきてくれ。ついでに、アイア殿もお連れしろ」
書いた紙を手渡すと、それを受け取って内容を確認した松葉がぷっと小さく吹き出した。
それを横から覗き込んだ玄と琥珀が、同じく吹き出し、慌てて口元を押さえる。
「わかりました。行ってきます」
こほんと咳払いした松葉がそそくさと書類を持って、アイアを促して出ていく。
「……書類に、何て書いてあったんですか?」
思わず玄に尋ねると、彼は笑いを堪えながら教えてくれた。
「天地連からの要請による対乱鴉合同調査本部設置の稟議書……天地連からの要請ってところを、ご丁寧に太文字で書いてたのよ。しかも、天地連からの要請のため、必要経費は天国側が七割負担って」
「……それって大丈夫なんですか?」
「さぁ。それを決済するのも、天国側と交渉するのも現世警護課の仕事じゃないから」
それで良いのだろうか。
まぁ、現世で仕事をしていた時も、他社との交渉は営業の仕事だと割り振られていたし、同じようなものか。
若干怪訝に思いつつも、新人である碧羅は何も言えず、玄と白花に促されて書類仕事に入るのだった。
書類を提出しに行った松葉は十分程で戻ってきた。アイアの姿はなく、聞くと爆速で承認された合同調査本部設置に際して人員確保のため一度天国へ戻ったそうだ。
「……それにしても、合同調査本部が設置されるとなると、冥府はますます大忙しになるわね」
「そもそも、冥府側の人員はどこから調整するつもりなんすかね?」
「そういうことを考えるのは人事部の仕事だ」
玄の呟きに琥珀が首を傾げ、それに対して蘇芳が淡々と答える。
「……まぁ、稟議書を作成した蘇芳ちゃんは間違いなく呼ばれるでしょうね。そもそも、乱鴉を唯一滅殺したことのある鬼だし」
「それで言うと、玄さんも呼ばれるんじゃないですか? ランク紫ではぶっちぎり最強って聞きましたよ」
ランク紫とは、瞳が紫色の鬼のことだ。
鬼の強さを示すランクは色で表され、ランクが変わると瞳の色がそれに応じて変わるのだ。
紫は金色に次いで、上から二番目で、鬼の中ではかなり強いとされているらしい。
「蘇芳さんと玄はほぼ確実でしょうね。あとは碧羅も、乱鴉に狙われている可能性が高い以上、一員としてというよりは保護対象として囲い込まれる可能性が高いと思うわ」
白花が相変わらず手を止めずに言い、それを聞いた琥珀がげんなりした顔で溜め息を吐いた。
「げぇ。三人もから抜けたら、俺ら過労死まっしぐらっすよ」
「流石にそうなったら、現世警護課には人員の補充が入るだろう。三人が異動ではなく兼任だとしても、今以上に現世警護課の負担が増えるのは、冥府としても望ましくないからな」
松葉が苦笑しつつ、まとまった書類を転送装置にセットしていく。
と、その時、鈴の音がりんと鳴った。
見ると棚に置かれた紙に文字が浮かび上がっている。
松葉はそれを玄に手渡し、その内容を読んだ玄が、呆れた様子で肩を竦めた。
「……ある程度は予想通りね」
その言葉と共にひらりと紙を皆の方に提示する。
そこには、天地連からの要請による対乱鴉合同調査本部設置について、というお知らせが記されていた。
「本部長が蘇芳さん、副部長が玄さん、他のメンバーは、地獄管理課の浅葱さん、防衛部の滅紫さん、それと碧羅か……」
「メッシ……?」
現世で少し前によく耳にしていた世界的に有名なスポーツ選手と同じ名前に、思わず聞き返す碧羅。
「防衛部の紫鬼よ。アタシと同じくらい強いから頼りになるわ」
玄の説明と共に、書き出されていた名前の漢字を見て納得する。なるほど、滅紫か。
「冥府からは五人か……」
ふむ、と頷いた松葉に、琥珀が思案するように視線を上げる。
「あとは天国側から、一体誰が来るか、ですね……」
「一人はアイアちゃんで間違いないでしょうね。あとは、天防大のストロンちゃんあたりかしら」
「テンボウダイ?」」
「ああ、天国防衛庁大天使部隊の略よ。そこに、天使にしては珍しい、超武闘派がいるの」
天国の部署は名前がいちいち長くてまどろっこしい。
とても覚えきれる気がしない碧羅である。
「ここで天国側から来る人員を推察しても意味はない。玄、碧羅、承認が降りたなら本部室へ移動するぞ」
蘇芳が立ち上がり、部屋を出て行こうとするので、玄と碧羅は慌てて彼についていくのだった。
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