拾:勤務初日の終了
碧羅と蘇芳が現世警護課に戻ると、琥珀から報告を聞いたらしい桔梗が飛び出してきた。
「蘇芳さん! 乱鴉と戦闘になったって本当ですかっ?」
クールな印象の桔梗が慌てているのを意外に思いつつ、碧羅は少しだけ蘇芳から離れた。
桔梗の前で蘇芳に近づくのは、彼女を敵に回す気がする碧羅である。
「ああ、だが、侵入した奴は滅殺した」
「そうですか……よかった」
桔梗は露骨に安堵の溜息を吐く。
そして、蘇芳の隣にいた碧羅を睨むことも忘れない。
「ちょっとぉ、桔梗ちゃんってば! 蘇芳ちゃんが負ける訳ないじゃない!」
後ろからひょっこり顔を出した玄。その向こうでは琥珀と松葉がうんうんと頷いている。
「それより今日は色々ありすぎて書類の処理が全然進んでないんだから、早く席に戻ってちょうだい」
手招きする玄に、桔梗は不満そうな顔をしつつも、蘇芳の手前すんなり頷いて自席に戻っていく。
「碧羅ちゃんも大変だったわね。お疲れ様」
労いの声をかけてくれる玄。気遣わしげな声色から、きっと色々察した上での言葉なのだろうと知れる。
その後、時短勤務で先に退勤した白花を除く六人で、残りの仕事を片付けにかかった。
そして終業時刻になると、宣言通り、蘇芳と松葉は残業すると言い、それ以外の四人は帰宅を命じられた。
単独行動を禁止された碧羅は、琥珀と玄に挟まれるようにして寮へ向かうことになった。
玄の左隣には桔梗が半歩下がってついてくる形である。
「……ねぇ、碧羅ちゃんってどんな男が好き?」
唐突な話題をふっかけてきた玄に、碧羅は戸惑いつつ少し思案した。
「え? えっと……そうですね。責任感があって、誠実な人が好きです」
生前、好きになるのはそんなタイプばかりだった。
いかにも学級委員や生徒会長をやっていそうなタイプだったり、運動部の部長だったり、皆をまとめる姿に心惹かれることが多かったのだ。
「……へぇ、なるほどねぇ」
玄が妙にニヤニヤしている。
一方、逆隣で琥珀が「責任感、誠実……」と呟いていることに、碧羅は気づいていない。
「まぁ、誠実なのは大事よね」
「玄さんはどんなひとが好きなんですか?」
「アタシ? アタシはいかにも漢らしいひとが好き」
漢らしい、と聞いてムキムキのマッチョを想像する碧羅だが、昔から蘇芳を気に入っているということは違うのだろう。蘇芳は逞しい体つきではあるが、いわゆるムキムキマッチョまではいかない。
「ちなみに、琥珀ちゃんは素直で真面目な女の子が好きらしいわよ」
うふふ、と笑いながら琥珀を一瞥する玄。
真っ赤になる琥珀を置いてけぼりに、さらに続ける。
「そしてこれは秘蔵情報だけど、蘇芳ちゃんは芯の強い女の子が好きらしいわ。でもあの様子じゃあ、特定の誰かをずっと一途に想っているんだと思うのよね」
蘇芳の好きな女の子、と聞いた桔梗がわかりやすく耳を欹てる。
「何でそんなことがわかるんですか?」
琥珀が眼を瞬くと、玄は得意げに笑った。
「女の勘よ」
「玄さんは男でしょ」
即答でつっこむ琥珀に、玄は「琥珀ちゃんもいけずねぇ」と言い頬を膨らます。
そんな玄はどこからどう見ても美女なのだが、よくよく観察すると、確かに背は高いし腕も女性にしては逞しいし、胸は狩衣のゆとりで誤魔化したいるだけで膨らみはない。
「……まぁ、真面目な話、アタシは鬼になってそこそこ長いからねぇ。何となくわかるのよ」
「玄さんは鬼になってどのくらいなんですか?」
「んー、アタシが人間だったのは現世がまだ戦国時代だった頃だから……」
「そ、それは相当長いですね」
「でも、その時には蘇芳ちゃんはもう金眼の鬼になっていたから、もっと古くから冥府にいるはずよ。みんなある程度獄務ポイント貯めると転生しちゃうから、それほど長く鬼でいるのは珍しいんだけどねぇ」
感慨深げに呟く玄。
と、雑談しているうちに女子寮の前にも到着した。
入り口の前で琥珀と玄と別れ、桔梗と二人になる。
彼女と二人きりになるのは初めてで、彼女からの敵意をひしひしと感じていた碧羅は身構えたが、意外にも彼女は碧羅に何か言うでもなく、無言のまま寮に入って行った。
睨まれるだけで嫌がらせをされないなら、気にすることはないか、と思い直し、碧羅も寮内に足を踏み入れる。
稚拙な嫌がらせなら、人間だった時の中学時代に経験している。
ちょっとしたことがきっかけで、クラスのリーダー格の女子から嫌われ、私物を隠されたり捨てられたりしたことがあったのだ。
暴力を振るわれなかったのは幸いだったが、当時は学校に行くのが憂鬱だった。
それを思えば、睨まれるだけで実害がない以上、被害者ぶってもいいことはないので、とりあえず様子を見ることにする。
鬼としての初勤務は、乱鴉とという呪術師のせいで大変な思いをする羽目になってしまった。
早く美味しい定食を食べて寝よう。
気持ちを切り替え、碧羅は寮の食堂で朝食を摂ることにした。
そそくさとカウンターから定食を受け取り、席について定食を食べ始める。
そんな彼女を、遠くの席から桔梗が険しい表情で見つめていた。
しかし食事に夢中な碧羅は気付かない。
桔梗は、何か言いたげな表情で、ぐっと拳を握り締めるのだった。
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