放火魔疑惑
数ある作品の中から拙作をお選びくださり、ありがとうございますo(*⌒―⌒*)o
「お前、放火魔だそうだな」
何それふざけんな。
咄嗟に出そうになったこの言葉。理性と猫かぶりをフル動員でお口にチャック。
何でかって? 相手とお部屋が変わったからよ。
さっきまでの色ボケカバ王子とは違って、穏やかなのに何か怖い青年。お付きのような強面オヤジとかも侍っているし、部屋の出入口も偉そうな騎士様が塞いでいるし。きっと青年はかなりのお偉いさんなんだろうな。
不敬罪怖い。
「黙っているという事は、肯定であると受け取るぞ」
行儀が悪いとか言ってられない。私は遠慮無く吐息を吐きながら首を振った。
時間稼ぎだ。
だって、何を言えと?
会って一秒、挨拶も何も無く、相手を認識した途端の放火魔呼ばわり。
しかも発言者はたぶんお偉いさん。面倒臭っ!
「何故わたくしが訳の分からぬ濡れ衣を着せられねばならぬのか、理解に苦しみます」
「ドーダ・アポタン・エイビス」
その名を聞いて、私の纏う空気がヒンヤリ冷えた。
エイビス
そう、私と同じ家名。
私達兄姉の残念な製造元。男親だ。
「空気が変わったな。表情も引き締まった」
「……王公貴族の言い回しでは、わたくし、理解できません。教育を受けておりませんので」
「ああ、だから太い腰なのか」
「今度は性的な嫌みですか?」
「……失礼した。前言は撤回する」
私は何も答えない。許されるのが当たり前だと思っている態度が気に入らない。
「教育の有無と外見は関係無い。今の発言は忘れてくれ」
やっぱり私は答えない。意見の相違が追加されたからだ。人間の外見は中身に左右される。必ずではない。全面的でもない。薄皮一枚で上手に他者を手玉に取る人間だってたくさん居る。寧ろ貴族なんかは外見重視だ。貴族に真心を期待するのは馬鹿だ。それでも、ほんの一瞬でも、内側が外面に影響を与える事は確かにある。嫌な臭いという物は隠し難い。
だが、まあ、目の前の男達は……──
「おい、何とか言ったらどうだ」
「いいよ。今のはこっちが悪い。本当にすまなかった。話を戻──おい、顔色が悪いぞ!」
ちょっと嫌な感情を思い出してしまっただけだ。
近付いて来ようとする気配──お付きその一に対して、私は掌で牽制する。距離は保ちたい。
「まず初めに、私を不敬罪に問わないとお約束ください」
「いや、そんな事より」「殿下、それらが心配で顔色が悪いのでは?」
何か聞いてはいけない尊称が聞こえた気がするけど無視! それより
「蛇足になりますが、わたくしは若い殿方が苦手です。距離を空けていただければ、会話は可能であるようですので、そのままで」
さっき広間で馬k…カバ王子とも会話できてたもんね。てかその前に、問答無用で私をお城まで連行してきた騎士様方も若い殿方だったわよ。
そろそろ精神的ライフが心配。
「話を戻しまして、わたくしはまともに教育されていないので、不敬罪の件は大真面目に重要です」
王公貴族の会話って、相手によっては何が地雷になるのか落とし穴になるのか、教育と経験値が物を言う。引き籠り無教養に貴族の普通を求められても困る。
「……分かった。無教養故の発言で収まる範囲は水に流そう」
「ではエイビス令嬢。話を戻します」
「失礼ながら個人的な我が儘を申します。わたくしの事は平民と同じように名前のみにてお呼びくださいませ」
「それは認められない。仮に家と確執があったと仮定しても、君はエイビス家の令嬢です」
「わたくしはエイビス家と確執などございません。何処ぞの侯爵と距離を保ち、己の保身に努めているだけです」
私の発言に、目の前の男達の雰囲気が一瞬硬質化した。
「……念のために尋ねるが、『何処ぞの侯爵』とは、君の父君の事かな?」
青年の確認に、私は無機質な無表情を試みて返答した。
「それは書類上、及び生物学上の製造元に当たる男の話でしょうか?」
今度はそれぞれに表情が浮かんだ。呆れ、驚き、嫌悪、怒り。そして、更に硬質な空気を纏いながらも、何を感じたのかよく分からない顔。
何を考えているのか分からない顔のまま、青年が注意を口にする。
「君を産み、育ててくださった親に対して、そのような態度はいけない。教養云々ではなく、人として反省しなさい」
「お言葉ながら、無駄な議論かと?」
「…………どうやら君は、本当に問題のある令嬢のようだ」
「ふふ。それらの証言は何処ぞの乗っ取り侯爵の言ですか? それもと嫁いで尚、実家を私物化し続ける御婦人の戯れ言でしょうか?」
「君は何の力も功績も持たない未成年に過ぎないのだと自覚しなさい」
「……何故わたくしが第三王子殿下からの招致を受けたのか不思議でしたのですけれど──」
「他人の話を聞きなさい」
「貴方様方の“放火魔”疑惑も、どうせ同一人物からの付け火のごとき冤罪でしょう。何処ぞの侯爵は自身の姉の傀儡で、何処ぞの婦人はわたくしを“屠殺”するよう命じておりましたから」
注意の言葉が反ってくる事はなかった。
屠殺。
家畜の命を奪う行為。