足りるを知る
どうして夫は狼狽したのか、私には全く分かりません。
ただ、夫への疑念は増大するばかりです。
「私は、別れなはれ!と言われたいのか………。
それとも…………。
それすらも、分からない、わ。
私は、どうしたいの?
もう、ぐちゃぐちゃ………。
ご飯、食べないと……、でも食べたくない。
作らないと………、作る気力も………ない、わ。
帰ってくるまでに家事を終わらないと、ね。」
そう自分に言い聞かせて、家事をするのに……時間が過ぎていきました。
夫は12時を過ぎても帰って来ませんでした。
「もしかしたら、もう、帰って、来ない、のかな………。」
私は家を出ていました。
気が付くと、家を出ていて、そして、ふと顔を上げると、そこにネットカフェの看板がありました。
私はネットカフェに入りました。
「まぁ、皆さん、ようこそ、お越しやす。
とおるこーらんの 人生相談でおます。」
ヘッドフォンを付けた耳に〖とおるこーらん〗の声が聞こえてきます。
「さぁ、今日も頂いたメッセージを読ませて頂きまひょ。
初めまして………初めまして。
年齢は伏せさせてください。………宜しおま。だいだいやね、言わんでもええん
だっせ。まぁ、内容によっては言うて貰うた方が分かりやすい、それだけでおま
す。
実は、私たち夫婦は再婚同士です。
私は前の夫のDVから逃れて子どもと3人で過ごしていた頃に、今の夫と出逢いま
した。籍を抜くまでに10年も掛かり、やっと今の夫と籍を入れました。
子ども達にとって、前の夫とは違い、いい父親になってくれて、私は感謝してい
ます。
ただ、夫は前の結婚で奥様と死別で、子宝に恵まれないまま、奥様は亡くなった
のです。
それで、私は夫の子を産みたいと切望していました。悔しいことに恵まれません
でした。それに、子どもを!と望んだのは、私の離婚が成立してからでしたの
で、もう年齢自体が高齢出産になってしまいます。その点からも無理だと諦めま
した。
夫は息子たちが大人になって親子で酒を酌み交わせる!と言ってくれて、自分の
子は要らないと言ってくれています。
優しいと思います。優しい夫だからこそ、夫の子を望んでしまいます。
夫の子を産みたいと……。
最初の結婚が間違いだったと思う度に、最初に夫と巡り会っていたなら!と思っ
てしまいます。
この想いをどうすることも出来ないのです。
どうすれば良いのでしょうか?」
「先ず、宜しおしたなぁ。ええお方と巡り会われて……ほんまに宜しおした。
お子達を大切にしてくれはる。ええ旦那さんやおまへんか。
今でも充分お幸せやおまへんか?
お子達を自分の子やと思うてくれてはるんでっしゃろ?
ほなら、それで ええやおまへんか?
今の幸せを大切にしなはれ。お子が来てくれるかどうかは二の次だっせ。
お子達が無事に成人なさる事が一番やおまへんか?
旦那さんが今を幸せやと思うてくれてはったら、何も言うことおまへんなぁ。
足りるを知る。いう言葉がおまっしゃろ。
今のあんさんに差し上げたい言葉でおます。
今のあんさん、幸せやおまへんか。今ある幸せに感謝する。これ、大事だっせ。
あんさんの幸せは今を大切になさることやと思いますけど、な。
旦那さんに感謝して来はったと思いますけど、これからも、その気持ちを大切に
してほしおます。
ほんまに宜しおした。
ええお話を聞かして貰いました。おおきに。
ほな、今日はこの辺で終わらせて貰いまひょ。……さいなら。」
「足りるを知る。」今の私の心に刺さる言葉でした。
心に刺さる言葉でしたが、私は家に帰られませんでした。
そのまま、ネットカフェで朝まで過ごしました。
会社には休むことを連絡して、私は電車に乗りました。