駆け落ち
YouTubeの〚とおるこーらん〗で不倫という言葉を聞いてからの私は、再び夫が不倫をしているのではないかとの疑念を抱いてしまったのです。
何をしていても「不倫」という言葉が耳から離れなくなっていました。
夫を信じなければと思うようにしていても、全て嘘ではないかと思うようにまでなってしまいました。
そうなっていても問えないのです。
何か証拠がある訳ではないことが問えない大きな理由です。
その想いをもっと強くしてしまうことをYouTubeの〚とおるこーらん〗で聞いてしまいました。
「まぁ、皆さん、ようこそ、お越しやす。
とおるこーらんの 人生相談でおます。」
とおるこーらんの声を聞くのも辛くなってきているのに、どうして私はYouTubeを見ているのか分からないのです。
そんな気持ちのまま聞いていました。
「初めまして………初めまして。
私は43歳の主婦です。実は夫が家を出て行ってしまい、もう10年になります。
それも、家庭のある女性と一緒に出て行ってしまいました。
………ええ―――っ! 駆け落ちやん。
私たち夫婦には子どもが2人居ます。相手の方にも1人居ます。
その後、私たち夫婦も、相手の方も離婚しました。
私は自宅を元夫の両親に頼んで売却し、そのお金は全額貰いました。
全額といっても、ほとんどローンの返済に消えてしまい、あまり残りませんで
した。
慰謝料と養育費を元夫の両親を通して請求しましたが、元夫は会社も辞めて家を
出て行ったので、退職金を今の生活のために使ってしまった後でした。
家を借りるためや家具を買うためなどに使ってしまったようでした。
私は慰謝料も養育費も貰えないまま、子どもを育てています。
そんな状況なのに、元夫から連絡がありました。
元夫は、その時の駆け落ち相手と再婚しており、子どもも生まれたそうです。
その生まれた子が白血病に罹り、私の子ども二人に協力を求めてきました。
骨髄移植のドナーになって欲しいと!
何故、子どもの身体に負担を掛けさせることが出来るでしょうか?
捨てた子どもにドナーになって欲しいと、どの面下げて言っているのか!
腹が立ちます!
でも、幼い子の命が係っています。
子どもに説明するのも私の気持ちが難しいのです。
どうすれば良いのか教えてください。
よろしくお願いします。」
「嫌なお気持ち、分かります! うちも嫌ですわ。
お子さんの年齢が分かりまへんけど、離婚の理由は知ってはるのかいな?
もし、離婚の理由も知ってはるんやったら、お子さんの判断を優先しまひょ。
離婚の理由を知ってはらへんでも、お子さんの判断、気持ちを無下にしたら
あきまへんで。
ほんで、今から言うことは一番大切なことでおます。
元旦那さんには、守って貰わなあかんことです。
ええだすか? 必ずだすで。
白血病のお子さんの生死は絶対に知らせんでおいて欲しいと言いなはれ。
万が一、あんさんのお子達の耳に亡うなったこと入ったらあきまへん。
特に断りなさった場合は……。お子達を守るために!だっせ。
ほんで、万が一お子達の耳に…… 断った後で、それで、もし亡うなった
ことが入ったら………お子達がご自分を責めへんように………
あんさんが心を砕いてやってください。
お子達の心のケアだけが、あんさんのすることやと思いまっせ。
中学生以上やったら、判断できると思いますけどな。亡うなった時が問題や
と思いますのや。
それと、移植の前後もな。お子達の心のケアが必要だっせ。
嫌かも知れまへんけどな。お子達が移植に手伝うって決めはったら、見守って
あげてくださいや。
偉い!って褒めてやってください。人一人の命を守るって決めなさったら、
それは偉いことです。
断っても褒めてやりなはれ。断ることが悪いことやと思わへんように、な。
この話を聞いたちゅうことだけで、充分、偉い子やと、うちは思います。
うちが言うてること間違いかもしれまへん。
正解は無いかもしれまへん。
お子達が決めなさったことが正解やと思いますわ。
心をあんさんが、しっかり持って、な。
お子達を見守ってやってください。」
「それにしても……今やったら臍帯血を移植したら、ええんと……?
まぁ、医学のこと分かりまへんさかい。
ほんまに………元旦那さん、偉い勝手なお方ですわな。
勝手なお方やから、妻子を捨てるちゅうことが出来るんですな。きっと……
あんさんとお子達に幸多かれと祈ります。
ほな、さいなら………。」
私は言葉もなく茫然としてPCの画面を見つめています。
身勝手な相談者の元夫に、沸々と怒りが湧いてきています。
何故、妻子を捨てたのに、今の子どもを守るために、捨てた子どもに骨髄移植のドナーを頼めるのか分からないのです。
その厚顔に驚いて、そして怒りが湧いてくるのです。
「断ったらいいのよ! そんな奴の言いなりになる必要は無いわよ。
……まぁ、今のお子さんの命が係っているから藁をもすがるって気持ちなんで
しょうけどね。
それに、その子が死んだら目覚めは悪いわよ。
けど、捨てられた子の気持ちは? 全く考えてないじゃないの?
ああ! 腹立つ!
こんなんが父親って………。 この子ども達、幸せになって欲しいな。
絶対に幸せに……なって欲しい、な。」
夫が珍しく11時より前に帰宅しました。
「ただいま。」
「あ、お帰りなさい。」
「どうした? なんか、エキサイトしてたみたいだけど……。」
「あ……、PCでYouTube見てたんだけどね。」
「うん。」
「夫がね、駆け落ちしたのよ。」
「え?」
「それで、10年経って、その夫が、元夫なんだけど……
捨てた子どもにね。今の子どものために骨髄移植のドナーになって!って
言ったのよ。 厚かましいと思わない?」
「う、うん……そう、だね。」
「?………そ、それでね。私、腹が立ったの。」
「そ、うなん、だ……。」
「……?……あなた、ご飯、食べる?」
「う? うん。食べるよ。」
「じゃあ、用意するから待ってね。」
「うん。」
私は不安が募りました。
何故、夫が言葉を詰まらせたのか……。
何故、顔色が青くなったのか……。
顔色が青く見えただけだったのかもしれない。
でも、変だと私は思ったのでした。