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不幸すぎてスキルを貰った

「お姉ちゃん、ありがとう」


転んで膝を擦りむいた男の子の手当てをしたら、お礼を言われた。


私は“どういたしまして”と言って、男の子を見送る。



耳元では『チャリーン』と、コインが落ちた音が響く。


「今日も良いことができたわ」

ほくそ笑む私は、カバンを確認した。


「わあ、1シルバーも入ってる。女神様、ありがとうございます」

手を合わせて感謝する私。




モンタナ・グランディーバが、私の名前だった。

一応、有力な伯爵令嬢の長女になるらしい。

けれど政略結婚で結ばれた両親は、私が産まれた後はそれぞれ愛人と暮らしていて、本邸にはほとんど戻ってこない。


母には愛人との子供がいるし、父にも愛人との子供がいる。

二人の契約で、産まれた子供達は全員グランディーバ家で引き取り、母の子は実子で父の子は養子で育てることにしたらしい。


この伯爵家の当主は、母のチュリア・グランディーバだからできたことだ。表向きは母と愛人の子は父ディクショナリになっていて、父と愛人の子は親戚からの養子になっている。


わりと潤っている宝石業をしている我が家。

金鉱山も、銀鉱山も保有しているので、敵に回すより従う方が得だと言って、誰も愛人問題に触れてくることはない。


普通の家庭と違う非常識が、この国の常識になっていた。

そんな母の子アルデンテは、愛人に似て黄金の輝く髪に水色の瞳を持つ大層な美少女だった。


愛人と父の子であるミディアムは、漆黒の髪と瞳を持つ美少年だ。


私モンタナと言えば、母の茶の髪に父の緑の瞳を持つモブ顔だ。だって両親も、紛れもないモブ顔。

ある意味二人が、美しい愛人に焦がれたのも解るのよ。




そりゃあね、幼い時は寂しかったわ。

確か4歳だったかしら?


「母上、お帰りなさいませ」


久々に業務をしに戻った母の足に縋りつき、甘えようとしたんだっけ。そしたら突き飛ばされたのよ。


「汚い手で触らないで。忙しいんだから、あっちにお行き。もう、乳母は何しているのよ。高い給金は何の為に払ってると思ってるのよ。クビになりたいのかしら?」


怒声を聞いて、乳母のカイナリーが走ってきた。

「申し訳ありません、奥様。ただ今食事の準備をしておりまして」


恭しく頭を下げるカイナリー。

母と父が暮らす邸にはたくさん使用人がいるけど、モンタナが暮らす本邸にいる使用人は最低限である。

だからカイナリーも、いろんな仕事をしていたのだ。


「さっさと連れていって頂戴。私は急いで仕事を済ませて、可愛い我が子の元に帰らなければならないのよ」


「申し訳ありません」


頭を下げて母が執務室に入るのを確認し、私を抱き上げるカイナリー。

「お嬢様、大丈夫ですか? ああ、額が赤いわ。早く冷やさないと」


慌てて私を担ぎ、私の部屋へ運んでくれたカイナリー。

「ああ、何てことでしょう。この家唯一の正当なお子様なのに、酷すぎる。可哀想なお嬢様」


私は目を瞑っていたが、周囲の声は聞こえていた。

みんなは気を失っていると思ったようだけど、全部聞こえていた。

(ああ、母には可愛い子供がいるのね。この間聞いた話では、父にも子供がいるらしい。………私は、誰の子なのかしら?)


そんな思いをしていると、急激に激しい頭痛に襲われた。そして本当に気絶していたのだ。



「これ、起きなさい。可愛い愛しい子よ」


気がつくと、雲の上に浮かぶ女神が私を呼んでいる。

そして私も雲の上にいた。

(愛しい子って、いったい誰のこと? もしやさっきので死んだのかな?)


黄金の髪と瞳で白いドレスを纏う女神様は、煌めいて眩しいほどだ。


「ああ、モンタナよ。お前は死んではいないよ。私が呼び出したのだ」 

どうやら生きているらしい。


そして更に語りかける女神様。

「お前は前世で両親が早く死んでしまい、奉公先で苦労した。だから今度は、お金に不自由しないように采配したのに。なんて可哀想に」


悲しそうな女神様。

みんなに可哀想と言われる、可哀想そうな私。

私は自分で、可哀想なんて思っていないのに。


親切そうに私の前世を語る女神様。

どうやら以前の私は、奉公先で働いても給金も殆ど貰えず、そこの旦那様に妾の扱いをされ、奥様に刺されて死んだらしい。


なるほどと、思い出した。

4歳だった私の精神は、既に前世の記憶を辿り大人の思考になっていた。

「あははははっ、この世でも不幸になるのかしら? 自分のことだけど、なんて可哀想なのかしら。ああ、本当に救いもない………」


そう呟く私に、女神様が言葉をかけてくる。

「ああ、モンタナ。ごめんなさいね。辛い記憶を思い出させてしまった。でもね、前世の貴女の遺言を聞いて欲しかったの。“今度生まれた時は、自分の為に生きる。人に左右させない人生を送るんだ”っていう言葉をね。


………貴女、近いうちに母親に殺されるわ。愛人との子に伯爵家を継がせたくて、事故に見せかけて殺す計画が立っているの。だから貴女は死んだことにして、ここから去りなさい。心配はいらないわ、今度こそ幸せにしてあげるからね」



パチリと目が覚めると、大勢の泣き声が聞こえる。

その方向へ行ってみると、私と同じくらいの雲がベッドに横になっている。みんなには、その雲が私に見えているみたいだ。

医師からは息もないし、心臓も動いていないと診断される。

使用人が泣いている中、母親のチュリアだけが口角を上げているのが解った。


「まあね。元々体の弱い子だったから、転んだ時に打ち所が悪かったのね」


そう言われれば、使用人は黙るしかない。


確かにチュリアは突き飛ばしただけだ。

それだけで死んでしまうことは、普通はない筈だ。


………でも、それでも、原因になったのはチュリアなのに、母親としての悲しみは微塵も感じない。加えて紡ぐ言葉は、“伯爵家の娘として、盛大に送ってあげるわ”だ。



本邸の使用人達は、その可哀想な令嬢のことを思い泣いていた。親の愛を得られなかったモンタナだが、使用人には愛されていたのだ。

「お嬢様、次は幸せな家庭に生まれてくださいね」

「なんでこんなことに。まだ外のことを何も知らないのに」

「やすらかに眠ってください。お嬢様なら、きっと天国に行けますからね」

「ああ、何もしてあげられなかった。可愛いお嬢様、大好きでしたよ」


毒親はいたものの、本邸にいなかったことが幸いした。

前世と違って、確かに愛されていたのだ。無かったのは身内の愛だけ。


「みんなありがとう。私は幸せだったのね」

偽りのない愛は、モンタナの心を震わせる。

幸福は、確かにここにもあったのだと。



雲一つない青空の中、盛大な葬儀が行われた。

大勢の人々が集い、お悔やみをチュリアに告げていく。

チュリアも悲しげに応対する。

「愛する娘でした」と。



それを近くで見ていたモンタナと女神様。

その姿は女神の権能で隠されており、誰にも気づかれない。


「女神様、私はどうしたら良いのかな?」

凪いだ風のように彼女(モンタナ)は尋ねた。


「好きに望んで良いわよ。他の貴族の家で生きたければ、記憶も書類も改竄できるし、貴女を愛するように洗脳もできるわ。お金だって望むままあげる。好きな男がいれば貴女のことを好きにさせて、結婚させてあげるわ。王女にも、女王にもなれるわ。さあ、望みを言って」


モンタナは息を呑む。

(何でも、願えば叶う? ………でも、私は…………)





結局私は、旅に出た。

私はまだ4歳で、見た目は子供だ。

女神様の加護『危険回避能力』を得たので、危険人物や災害を避けることができるらしいが、子供の一人旅は奇異に映るだろう。


そこで女神様は、私の乳母カイナリーに白羽の矢を立てた。

彼女の意識へ囁きかけ、モンタナの旅に同行する打診をしてみたのだ。

するとカイナリーは、モンタナが生きていたことを喜び受け入れた。


彼女はモンタナが産まれる少し前に流産していた。

そのとこで離縁され、丁度良いと乳母に雇われたのだ。

彼女の母乳でモンタナは育ち、チュリアは本邸から去っていった。


実質カイナリーは、養母なのだった。


女神は彼女(カイナリー)を、没落子爵家の未亡人とし仕事を探していることにした。モンタナは彼女の娘にした。

元々カイナリーは子爵家の出だったので、それほど違和感はないだろう。

記憶の改竄と書類の手直しなんて、ちょちょいのちょいだ。



名も『カイナ』、『ダイアナ』と改めた。


モンタナの家族の記憶は変わっていないが、 彼女ら(モンタナとカイナリー)を知る人達は、今の『カイナ』と『ダイアナ』は別の存在として映ることになる。



カイナも女神の加護により、危機回避能力を得た。

今後は彼女達には、外部からの損傷は加えられない。



そしてもう一つ、前世の奉公先で報酬が貰えないことで悔しい思いをしたので、労働には必ず報酬が得られるようにしてくれた。


労働した時に、見合う報酬が与えられれば良し。そうでない時は、女神様がその家のお金や品物を換金して、私のカバンに入るようにしてくれたのだ。


どういう仕組みかは解らないけど、ありがたいことだ。

これで生活に困ることはないだろう。


それともう一つ。

人助けをすると、女神様からお小遣いが貰えるようだ。

それは行動に応じてなのだけど、危機回避能力のある(ダイアナ)には有利に働いた。


火事の中に取り残された人を助けたり、強盗に襲われそうな人を庇ったりをやらかしていたからだ。

だって体が動いてしまう。

それは女神様の加護があるからではなく、性格なのだ。

そうでなければ、せっかくあの家から出られたのに、すぐ死んでいた可能性もあった。

何かあるごとに(カイナ)が「駄目よ、戻って」「いやー、死なないで」と、加護を知っているのに心配してくれた。

それはそうだろう、だって大人でも心配なのに、体は子供なんだもの。



「大丈夫だよ。女神様の加護があるもの」

そう言っても、愛娘が傷つく可能性があるのは嫌だと言う。

女神様は人助けを課した訳ではない。

“助けたらご褒美をあげるよ”と言ってくれただけ。



私は、心配して抱きしめてくれる(カイナ)の温かさを感じ、それだけでもう泣きそうに心が満たされる。

(ああ、女神様。私は幸せです、ありがとうございます)


そう思えるだけで、この世に生まれたかいがあると思えた。



(ダイアナ)(カイナ)の資金は順調に貯まり、小さな家を借りて住むことになった。部屋の数は4つで、小さな庭もある。

そこに小さな花の苗をたくさん植えて、備えつけの木のベンチに座ってお茶をする至福。

「風が暖かいね、お母さん」

「そうだね、もうすぐ夏になるね」

今日は服の仕立ての仕事を請け負い、手分けして縫い合わせていた。今は昼休憩で、食後の紅茶を楽しんでいる。

苗から育てた花が咲き始め、やさしい色が全体に広がっていく。散歩で目に留める人もチラホラいた。




私も母も家事が大得意。

モンタナの時はできなかったけど、前世を思い出してダイアナになった私は、出来ることが増えていた。


家事の何でも屋として、二人で働いている。

一応没落子爵家の未亡人とその子供という肩書きは役立っていていて、ならず者のような輩は寄ってこない。

一応貴族だから、面倒臭いことは避けようとしているのだろう。



今日は依頼ではなく、貴族の方がお礼に来た。

この町に来る途中に助けた、女の子の従者だそう。


「お嬢様がとても感謝しておりました。是非お嬢様の家へご招待したいのですが、如何ですか?」と。


それは ホーンラビット(角ウサギ)に追いかけられていた所を庇った件だった。

お嬢様がピクニック中に、うさぎだと思って追いかけていたら、その子の親のホーンラビットが怒って反撃してきたのだ。

まあ私が庇って前に立てば、バリアーみたいな物にぶつかって跳ね返ってしまうからね。勿論ホーンラビットに怪我はないわよ。ある意味被害者だからね。

そうして察したホーンラビットは、森へと帰っていったと。


「ありがたいことですが、ご辞退いたします。たいしたこともしておりませんし、貴族様の家に着ていく衣装もありませんから」

丁重に頭を下げて、お帰りいただいた。



数日後、ノックがあり出迎えると、件のお嬢様と従者が立っていた。

「あら、いらっしゃい。どうしたのですか?」

「お礼を言いにきたの。あの時はありがとうございました」

「あの時に聞いたから良いのよ。でも、ありがとう」


モジモジしながらも緊張がとけて、笑顔に変わったお嬢様はターニャと言うそうだ。

デビュタントの付添人(シャペロン)を探しており、(カイナ)(ダイアナ)に付き添って欲しいそうだ。

聞くところによれば、同い年の異母妹がいる彼女はまともに準備もされておらず、デビュタントの参加もできるのか怪しいらしい。


従者のアランは長く彼女の家に使える者で、その状況を憂いていた。

「正統な血流はターニャ様なのに、扱いが酷いのです」

悔しそうに訴えていた。


彼女の家はお金持ちらしい。

身分は明かせないと言うも、高位貴族っぽい。

面倒事を避けて逃げてきた私達は、正直迷っていた。


でも、すぐに答えは決まった。

「私達で良ければ、協力しますよ」


だってそうでしょ、以前の私のような娘が救いを求めてきたのだ。このままだと碌なことにならない筈。


「何でも屋の私達に任せてよ。取りあえずドレスを作るわね。こっちでサイズを測るわ。えーと、招待状は個人宛なの? ああ、従者さんが持ってたのね。取り上げられなくて良かったわ」


ターニャのサイズを測定し、色や好み、ドレスの型を聞いていく。生き生きとして話すターニャは、とても嬉しそうだった。きっと参加を諦めていたのだと思う。


ちなみにダイアナもデビュタントを経験していない。

ダイアナは17歳、ターニャは15歳で2才上だが、4歳の時には既に伯爵家から出てここに移り住んだから。

もし伯爵家にいても、具合が悪いことにされて不参加にされただろう。ダイアナに対しては、お金を惜しむ両親だったから。


その後もターニャと従者は、時間が出来ればダイアナの家へと通う。今では本当に家族のような気安さだ。


庭のベンチで語らう二人を見る為に、ほっこりするカイナとアランだ。

どうやらターニャはなかなかお転婆で、動物を追いかけていたのも、あの時が初めてではないそうだ。父親に言っても決して生き物を飼う許可は出ないので、外で戯れていたらしい。……野生の動物相手にワイルド過ぎるよ。



カイナはターニャにも、ダイアナにも、白とピンクの素敵な衣装を仕立てることにした。舞台は一か月後だ。ドレス生地は上質なものを、レースもふんだんに使い、寝ずに縫い上げていく。


資金はと言えば、カイナも女神様にカバンを貰っていた。善行を積むとお金が貰えるカバンだ。


ダイアナを子として育てていく時に、女神様はカイナの願いを一つ叶えることにした。

するとカイナは即答した。


「ダイアナ様が、健やかに生きられるようにしてください」


ダイアナのことは、女神(じぶん)が責任を持って見守るつもりだ。願われなくても健やかにするつもりでいた。

だから女神様は、ダイアナと同じ権能をカイナに与えたのだ。


「ダイアナの健康も大切だけれど、母親である貴女も元気でいなければならないわよ。取りあえず、我慢しないで美味しいもの食べなさい。自分のことも大事にね」

そう言って。


女神様からすれば、ダイアナを大事にするだけで善行になる。なんと言っても、女神(じぶん)が大事にしている娘を守っているのだから。

そんな訳でカバンには、毎日金貨一枚が増えていく仕組みができた。

それでもカイナは、自分の為に贅沢はしなかった。

いつかダイアナがお金を必要とする時の為に貯えていた。


そして今、その使いどころができたのだ。


勿論ターニャのドレスにも手は抜かない。

二人が姉妹に見えるように、対称となるような可愛いドレスのを縫い上げたのだ。

今の若い子に流行りの、胸は厚めのレースで隠すが肩を出す仕様だ。潤沢なレースは値が張るが、関係ない。

二人が喜んだ顔を見る為に、頑張るカイナ。

それを見守るダイアナとアラン。

このドレスはカイナが作ると言って、ダイアナには手を出させなかった。



とうとうドレスは出来上がり、二人は袖を通した。

違和感はなく、軽くて可愛くて涙が出そうだった。

靴もアクセサリーもターニャはピンク、ダイアナは白でお揃いの形だ。花形の髪飾りと天使の羽形ペンダントは細工が細かく美麗だった。

靴とアクセサリーは、アランが用意していたがぴったりだった。


ターニャはピンクが多く、ダイアナは白にピンクと薄いブルーで、少し大人の雰囲気になった。


デビュタント当日、ターニャの家では異母妹ナナベルが嬉々として準備していたが、ターニャにはついぞ声を掛けられない。

それを解っていてナナベルは、嘲笑を浴びせる。


「お姉様はご準備なさらないの? 時間は余りありませんことよ。ふふっ」

「ありがとう、ナナベル。もう少ししたらするわよ」


ナナベル付きの侍女からは、“負け惜しみだ”とか、“ドレスもない癖に”と、使用人が遣える家の娘に言うべきでないことを発している。勿論ナナベルが注意などする訳がない。


その後にアランと馬車に乗り、いつものドレスで出かけるターニャ。

「ふん。逃げたのね、負け犬が!」


ターニャはダイアナの家に向かっていた。




ダイアナの家で入浴し、化粧を施され変身していく二人。

茶の髪に緑の瞳を持つダイアナも、美しく変わっていた。元両親の愛人程ではなくても、貴族の血は造形が良い者が多い。ダイアナだって、とても可愛らしいのだ。



ターニャは金髪碧眼で、初めて会った時から美しかった。ドレスに身を包んだ彼女は、天使のようだった。


二人の仕上がりに、互いに頷き満足顔のカイナとアラン。

恥ずかしそうにしているターニャとダイアナ。



そしてアランは、カイナに大きな箱を手渡した。

キョトンとする彼女に、アランとダイアナとターニャは言う。

「たくさんありがとう、お母さん。青薔薇の髪留めは私からよ」

「このペンダントは、私からなの。お月様なのよ」

「今日は、お嬢様がお世話になります。僭越ながら、ドレスは私が選ばせて頂きました。貴女のサイズはダイアナさんにお聞きしました。………シャペロン頑張って下さい。私も隣でエスコートしますから、よろしくお願いしますね」


カイナは吃驚していた。

彼女は手持ちの臙脂(えんじ)色のドレスを、襟だけ直して着ようと準備していた。靴もサイズが変わらないから、手持ちの物を履こうとしていた。あれだけ女神様に、自分のことも大事にしろと言われていたのに。


「みんなありがとう。………嬉しいわ」

箱を抱きしめるカイナは泣いていた。


自分の子を亡くしてからは、自分に贅沢をしないで生きてきた彼女。ドレスなんて、もう買うこともないと思っていた。


三人は贈って良かったと、目を合わせて微笑んでいた。


銀色のアップされた髪に青薔薇が良く似合う。

フレッシュグリーン(若草色)のドレスは若々しく、少し胸が強調されているが、その上に薄布が隠すことで、上品に仕上がっている。

チェーンの短い、真鍮の月のチョーカーは、中心に青い宝石が輝いていた。


良く見ると、その色はアランの色だった。

偶然よねと、首を傾げるカイナだが、三人は意味深にニヤツイていた。


アランの髪はプラチナブルーで、瞳は新緑の色だ。

見上げる程に高い身長と、キリリとした美しい顔は婦女子に大人気だ。

彼が纏うのは、プラチナのタキシードに薄紫のネクタイだ。カイナの瞳はアメジストの色である。


「えっと」

流石に焦るカイナに、アランは言う。

「偶然ですよ、偶然」

「そう、そうよね。ふふふっ」


あえて言わないアランに、ターニャとダイアナは呆れ顔だ。

「……アランって、女ったらしなの? 何あれ、恋愛上級者とでも言うの? たらしにはカイナは譲れないわよ」


「や、違うよ。アランはずっと私の従者だから。そんな浮わついた話聞かないし、あれば女の方が牽制してすごい噂になると思うし」


二人の少女の心配を他所に、飄々とする男と、何も気づかないことにした女がいた。




その後、城に向かう一行。

ここはモンタナがいた伯爵家の隣の国だ。

伯爵家の面々に会う心配はない。



城には、ターニャの招待状で入場できた。

アランとカイナに挟まれて、ターニャとダイアナがホールに歩みを進める。


滅多に顔を出さないアランに、婦女子はざわつく。

「あら、アラン様よ」

「いつ見ても、お素敵ねえ」

「溜め息出ちゃうわ」

「隣の女性は誰? この国の貴族じゃないわね」

「悔しいわ~。でもがっちりお互いの色を身に付けているわ。絶望ね」

「既婚者が何言ってるのよ」

偶像(アイドル)は、幾つになっても必要なのよ」


(やっぱりアラン人気あるのね。みんな女性がこちらを見てるね)

なんて暢気に移動すると、男性の目線もこちらに向いている。

(まあ、ターニャは美しいからね。(カイナ)も満足だわ。でもダイアナだって可愛いわよ)

ほわんとするカイナは、自分は数に入れていない。


カイナはダイアナが伯爵家にいた時、ダイアナの扱いが不当だと家庭教師と意気投合して、当主達の悪口を言い合う仲だった。その為に、カイナも一緒に家庭教師から高等教育を学んでいたのだ。勿論ダイアナは喜んでいた。


子爵家よりも高等な教育を、無料で受けていた形だ。


伯爵家は何れダイアナを高位貴族に嫁がせるかもしれないと、教育だけには力を入れていたのが、ここで役立ったのだ。


まずはアランとターニャがホールで躍り、次にはダイアナと、そして最後にはカイナと踊るのだ。


ダイアナは自分のことをモブだと言うけれど、成長して化粧を施した彼女は、美しく変身を遂げていた。




そんな目立つ四人だから、当然ターニャの両親や妹にも見つかってしまう。


「まあ、お姉様。何なのその派手な衣装は。いつ準備したのよ? 公爵家のつけにして高級品を頼むなんて、贅沢も程ほどにしてくださいな!」


なんて酷い言いぐさなのだろう?

異母妹で血も繋がる姉に向かって、大声で叫ぶなんて。


それを止めることもしない、非常識なターニャの親も参戦した。

「そもそもお前は馬車に乗りもしないで、何故単独で来ているのだ。来ない筈だっただろう?」

ターニャの父、アブラン・イブンレーク公爵は、困惑気味にターニャに問うだけで、ナナベルを窘めることはしない。



「そうですよ、ターニャ。ナナベルよりも豪勢なドレスを着るなんて、どこまで私達を馬鹿にするつもり」

ナナベルの母、継母ナーベリは、酷く顔を歪ませてターニャを睨んでいる。


彼女を背に隠し、前に出るダイアナ。


(あれあれ。それにしても、公爵家と名乗っていたけれど、ずいぶん品がないな。来ない筈の大事じゃない方の娘が来たからって、興奮するなんて)


実はダイアナも、密かに傷ついていた。

もし伯爵家に残っていたら、自分も同じような目に合っていただろうと、容易に想像がついたから。


ダイアナはターニャを守ると同時に、過去の自分を守っていたのだ。

そしてその前に出るカイナとアランだ。


「失礼ですが旦那様、ターニャ様は欠席するとは一度も言っておりません。それにこのドレスは、カイナ・キュバスト子爵夫人が縫い上げてくださったものです。……お嬢様は、デビュタント用のドレスを持っておりませんから。ご厚意の品に、あまりにも失礼ではないでしょうか?」

アランは隠すことなく、アブラン公爵と同じ音量で言い返した。


くっと顔が歪むアブランに、なおもナーベリが言い募る。

「公爵家の娘に子爵夫人が手縫いですって。有名な服飾店でもないドレスなんて、不格好よ。…………でも、まあ。ターニャいはお似合いかしら。ホホホッ」



悔しいと憤るダイアナは、背中で泣いているであろうターニャが心配で仕方がない。ダイアナのドレスの背中を掴み、必死に堪えているんだろう。


私も一言と、ダイアナが前に進むと、人が割れて煌めくおかっぱの金髪が近づいて来た。

「このドレス、とても素敵だよ。とても丁寧だし、何より君達に似合っている。愛情を感じられるね」


なんて軽くウインクしてくる顔面偏差値の高い人は、ナーベリを牽制していた。


次の瞬間、一斉に頭を下げる貴族達。

ダイアナ達もつられて頭をさげた。


「良いよ、みんな。顔をあげてよ」


そう言うと、アランの肩に腕を乗せて何かを囁いていた。アランだけに聞こえるように。

「とうとう君にも ニューズ(女神)が現れたか。僕に女性が集中するのは勘弁して欲しいんだけどね」

「セバスチャン様も早く見つけると良い。たくさん候補はいるだろう?」

「ああ、そうだね。ターニャ嬢は良いね。震えていて可愛いし、守ってあげたくなる」

「ターニャですか? 結構狂暴ですけど、痛っ、ターニャ!」

「お前、踏まれて。はははっ。おっと失礼」


セバスチャンは、不意をつかれて驚いた。

一言も話さずか弱いと思っていた令嬢が、アランの足を踏みつけたのだ。思わずツボに入っていた。



泣いていると思っていたターニャは、怒りに震えていたようだ。下手をすれば、ナーベリに殴りつけていたかもしれない。『一応公爵夫人だ。公衆でそれは駄目だ。家まで我慢しよう』と堪えていたのだ。


それもセバスチャンの登場で、だいぶん薄れた。

ちょっとスッキリしたから。


ダイアナもダイアナで、泣いてなかったんだと安心した。怒りは正当なものだから、イッタレと思うだけだ。

絶縁されたら、本当の姉妹になって暮らせば良いと楽観的。ダイアナも家族を捨ててスッキリした経験者だから、怖いものなしだ。


「ねえ、イブンレーク公爵。君の家はターニャにドレス一枚も買えないくらい困窮しているの? 国から調査を入れないといけないようだ。

君はないと思うけど、最近賭博で爵位を捨てる者も出ていてね、娘を売りに出すこともしていたみたい。変な形で爵位を買われて、他国に付け入られても困るからさあ。

あ、あとターニャ嬢はこちらで預かるよ。虐待っぽい台詞も聞いちゃったしね」


アルカイックスマイルで、しれっと恐ろしいことを言うセバスチャン。周囲の貴族も戦々恐々だ。

何かしら仄暗いことがあるのだろう。



当然のように公爵に命令するのを見ると、王族なのかもと遠い目をしていたら、アランに耳打ちされてビクッとする。


「うそぉ。やっぱりか」小声で呟く私。


どうやら、セバスチャンは王太子らしい。

この国に来てから市井で暮らしていたせいで、貴族に関わることもないので油断していた。さすがに国王と王妃は知っていたけど、王太子はチェックしてなかった。


今日もちょっと来て、ちょっと帰る気でいたから。

それにアランとセバスチャン王太子は、なんか距離が近いし。もしや、アランも高位貴族なの?

あんなに馴染んでいたのに?


そしてターニャは王宮に泊まるらしい。


ダイアナがアランを見ると、何か企んでいるかのような良い笑顔だった。

「私と母さんは帰るわね。じゃあ、頑張って」

しれっと帰ろうとすると、ターニャに腕を掴まれた。

(ああ、可愛いターニャ。でも今は逃がして~)


なんて無言の攻防の中、「証人が必要なんで、ターニャと泊まってください」ってアランが言い放つ。


(ダイアナ)(カイナ)は、ちょっと面倒臭い件に巻き込まれたようだ。

こんな状態では、(カイナ)とアランの交際は認められないと思う(ダイアナ)。アランは精々、子爵か伯爵家の三男以下と思っていたのよ。

それが王太子とため口って、絶対ヤバイでしょ。


ターニャには悪いけれど、最悪 (カイナ)と逃げることも考えていた。(カイナ)はアランの気持ちに気づいていないから、逃げるなら早い方が良いわ。




そんなことをダイアナがやっている時、生家だった伯爵家では、険悪ムードが漂っていた。

ダイアナ(モンタナ)が抜けたことで、モンタナの生母チュリアと愛人と子VSモンタナの実父ディクショナリと愛人と子の後継者争いが勃発していたからだった。


そのまま離婚して、チュリアと愛人の子でグランディーバ家を継げば良いのでは思うが、愛人との子はディクショナリとの籍に入っている為、次期当主の父と言う身分は揺るがない。

おまけにディクショナリの生家は侯爵家だ。

よっぽどの理由がなければ、離縁は回りが許さない。


事業利権や株問題など、家がらみの問題が多い。


以前ならばモンタナがいたことで、取り合えず保留ができていた。しかし両者の子が愛人の子で共に16歳になり、本格的にどうするか検討に入ったのだ。


チュリアの子は女で、愛人は平民だった。

血筋は伯爵家の者が入っているが、寄り親に当たる侯爵家筋のディクショナリにも薄い血ならば流れていると同義。

ディクショナリの愛人は、子爵令嬢だ。

貴族としての血ならばこちらが上で、おまけに子供は男なのだ。


彼らの親兄弟は、この事実を知っている。

せめて一人でも夫婦の子がいれば、その子を表に立たせていろいろ調整できたのに。


まあいたんですが、死んでしまいましたしね(まあ、逃げられたんですけどね)。






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