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無礼講

 陸軍挺身隊(落下傘部隊)の鹿島少尉は、仲間以外の日本軍人と久し振りに話すことができて嬉しかったらしく、また、酔いも手伝って饒舌であった。


 おかげで、もともと、横須賀鎮守府所属の海軍陸戦隊員である花川特務少尉が詳細を知らない比島(フィリピン)の緊迫した情勢などについて、よく理解することができた。


「こんなところで酒を煽っている場合じゃあないな。」


 花川は、戦局が妙に気になったが、異世界では如何ともし難い、と改めて思い知らされた。


「鹿島さんは、冒険者ギルドに滞在中でしたね。」


 ()()付けで呼ばれることに慣れていない鹿島は、少しだけ戸惑いながら


「はい、そうであります。」


と陸軍式の口調をやや強調して答えた。


「私は、ここから少しばかりお城の方へ歩いた所にある『夜兎亭』っていう料理屋兼宿屋に滞在しているんですが、ここは属領主府が指定した、日本軍将兵のための料理屋兼宿になっていましてね。どうです、ちょっと寄って行きませんか。陸軍の兵隊さんもたくさんいらっしゃいますよ、きっと」


「陸軍の兵隊」という言葉が興味を誘ったのであろうか。

 鹿島は即答で


「はい、ご一緒するであります。」


と回答した。


「嫌だなあ、鹿島さん。陸海違えど、同じ少尉じゃあないですか。そう肩肘張らずに、気楽に行きましょうよ。」


「そうであり…、いや、そうですかね。どうにも口癖のようになっていましてね。これがなかなか普段の生活でも抜けないんであり…す。」

「まあ、無理をなさらずに、ということですから、気楽になさってください。」


 そう言うと、花川は女給を呼び勘定を済ませた。


「へえ、金を持っているんですか。」


 その様子を見ていた鹿島が、感心したように言った。


「ここの属領主府の偉い人が太っ腹らしくて、将兵に小遣い銭をくれたんですよ。」

「なるほど。羨ましいですなぁ。」


 鹿島の感想は、本音に違いなかった。


「貴様らは、後は自由にして構わんぞ。ああ、ここの払いは俺がやっておいたから気にするな。」


 花川が、近くのテーブル席にいた水兵長に声を掛けると


「了解しました、チョン長。」


とその水兵長が敬礼して応じた。


「何ですか、チョン長ってのは?」


 鹿島が花川に尋ねた。


「ああ、それはですね…。ところで鹿島さん、ご結婚は?」

「いいえ、嫁を取るような暇がありませんで。」

「私も独身、朝鮮語なら総角(チョンガ―)ですな。」

「はあ、それで?」


 海軍では、面倒見の良い独身の下士官や特務士官を、下級兵士が「総角(チョンガ―)の長」、略して「チョン長」と呼んでいたが、花川も何くれとなく部下の面倒を見てやるので、そう呼ばれていた。


「まあ、兵隊に多少飯を奢ってやる程度ですがね。」


 花川は、言葉の意味を説明してから、謙遜するようにそう言った。


「では、参りますか。」


 花川が改めて鹿島に声を掛け、立ち上がった。

 これに応じて鹿島も立ち上がり、二人は連れ添って夜兎亭の方向へ歩き出した。


 歩き始めると、夜風が心地良い。


 時折、すれ違う兵隊が花川の戦闘帽の2本線を見て敬礼すると、鹿島と談笑している花川は答礼する。

 一度だけ、日本海軍と属領主府合同の巡羅ともすれ違ったが、軍港地と同じで、あまりいい気分ではなかった。


 やがて2人は、夜兎亭の前に着いた。

 中からは、日本軍将兵のものらしい歓声や談笑する声が聞こえて来る。


 両側をランプに照らされた戸口に立ち、扉を開けると、中は日本の陸海軍将兵で溢れており、酒の臭いや熱気で、むせ返るほどである。


「分隊士ぃ!」


 聞き覚えのある声で呼ばれた方を見ると、部下の二等兵曹が、テーブルを囲んだ海軍の兵隊の輪の中にいた。


「よお。元気よくやっとるな。」


 花川が答えると


「ええ、おかげさまで。分隊士も席が決まってないなら、私らのところへどうですか。」

「おお、そうさせてもらおうか。」


 普通、士官と下士官兵は出入りする酒場やクラブも別であるし、テーブルを共にすることはまずなかったから、異世界ならではの光景と言えた。


 二つ空けられた席に鹿島と一緒に座った花川は


「鹿島さん。その魔法使いみたいな外套を脱いでは如何ですか。」


と鹿島に奨めた。


「そうですね。」


 鹿島は、冒険者ギルドで借用した魔術師用のローブを脱ぎ、ポケットから取り出した陸軍の将校用戦闘帽を被った。


「あ、空挺部隊の少尉殿でしたか!」


 別のテーブルにいた陸軍の伍長が声を上げた。


「そうだ。こちらは高千穂空挺隊の一員だった鹿島少尉さんだ。俺たちと同じようにこちらの世界へ飛ばされたらしい。少尉のほかにも、10人以上の挺身隊員がおられるそうだ。」


 花川が説明をすると


「わあ、空の神兵だ。」

「天降る皇軍ですね。」

「高千穂空挺隊は、降下後に大活躍だったと聞きます。」


 周囲の兵隊たちが、口々に褒めそやした。


 当の鹿島少尉は、降下後の米軍との戦闘には参加していないので、どうにも恥ずかしくて仕方がなかった。


「鹿島少尉は、米軍とは戦っていないが、俺たちとは別の場所でゴブリン退治に大活躍だったらしいぞ。」


 花川が付け加えると


「あの厭らしい小鬼どもですか。」

「お城にはデカい奴も出たと聞きますが、やっぱりそちらにも出たんですか。」


 兵隊の誰かが聞くと


「おお。ギガントゴブリンとかいうやつか。出たらしいぞ。お城では戦車隊が吹き飛ばしたらしいが、何と挺身隊の皆さんは、対戦車用の新兵器で木っ端微塵にしたらしいぞ。」


 鹿島が答える前に、花川が自慢気に言うと


「そいつは凄ぇや。」


と誰かが言った。


「まあ、それはさて置き、だ。年忘れの無礼講と行こうじゃないか。」


 花川の呼び掛けに、店内の将兵たちが


「おおっ!」


と応えた。


「さあ、ソーニャさん。酒と料理をジャンジャン持って来てくれ。」


 花川が注文すると


「はあーい。」


とソーニャが応え、妹のターニャやほかの女給たちと、酒や料理をテーブルに配って歩いた。


 店内の将兵たちは、年忘れ、場所忘れの無礼講へと盛り上がって行った。






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