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ファーストコンタクトその1 溺者救助用意

  第5話

  

 ◎転移


  ファーストコンタクト


  第801海軍航空隊所属 二式大型飛行艇  

             12月24日 15:20


 ・霧中飛行


  父島へ向かう二式大艇の中で、機長の金山海軍特務

 少尉は、進行方向へ向かって右側の正操縦員席で操縦桿

 を握っていた。

  欧米の正操縦員は左側に座るが、日本陸海軍の場合、

 逆である。


  また、二式大艇の本来の指揮官席は、正操縦員席(右側)

 の後方にあるが、今回は、小笠原兵団指揮下の海軍部隊

 へ派遣される少佐参謀とその部下の中尉が便乗していた

 こともあり、少佐が座っていた。

  佐々木と名乗ったその少佐は、第三種軍装の右胸に参謀

 飾緒(モール)を着用して指揮席に陣取ってふんぞり返り、

 飛行中は、両手で軍刀の束のてっぺんを抑えて両足の間に

 突き立てて、身じろぎもしていなかった。


  父島到着の直前から、少しばかり白い靄がかかり視界が

 悪くなったことが金山少尉の気に掛かっていたが、航法に

 は自信があり、安着は時間の問題と思われた。

  だが、霧は濃さを増すばかりで、海面どころか、自機の

 翼に付いているエンジンすら霞んでしまっている。


 「おい、機長、大丈夫か。位置を逸したりはせんだろ

  うな。」


  飛行中は全く喋らなかった佐々木少佐が、びっくりする

 くらいの大声で口を開いた。


 「心配はいりませんよ、参謀。間違いなく父島を目指して

  飛んでいましたし、本機は電探装備機なので、高度次第

  ですが、陸地は30㌋程度で探知できます。私なんぞは、

  間違って父島にぶつかりはせんかと、本気で心配して

  いるくらいです。」


  エンジンの爆音に負けじとばかりに、金山も大声で返答

 する。


  それを聞いた参謀は


 「ふむ。」


 と一言呟いただけで、また元のだんまりに戻った。


 「余程心配なんだろうが、ちっとは他人を信用せい。」


  金山は胸の中で毒づいた。


 「御客人、ビビッてるんですかね。」


  航法担当の北園一等飛行兵曹が伝声管越しに冗談を

 言った。

  無論、便乗者の佐々木少佐は伝声管を使わないから、

 聞こえないのを承知の上での会話である。


 「さあな。滅多に飛行機にも乗らないだろうから、無理

  からぬところってことにしといてやろう。それよりも

  ゾノ兵曹、電探をよく見ておけ。貴様の航法は正確な

  だけに、マジで父島にぶつかりかねん。」


  金山は普段、北園一飛曹を「ゾノ」と呼んでいた。


 「了解しました。メエにもよく言っておきます。」


  ゾノ兵曹から歯切れよく返事が返された。

  メエとは通信担当の八木二等飛行兵曹のことで、ヤギ

 だからメエという洒落である。

  八木二飛曹は通信担当で、本来の電探担当だから、

 夜間や悪天候時の飛行は、彼の電探操作如何にかかって

 いるとも言える。


 「現在のところ、電探に反射波なし。」


  伝声管から八木二飛曹の声が聞こえた。


 「了解。高度を下げる。」


  金山が降下を指示すると


 「下げるんですかぁ。」


  副操縦員の西山上等飛行兵曹が聞き返してきた。


 「高度を上げて雲頂に出てみんのですか。」

 「いや、海面スレスレに降り、電探で島を探す。」


  西山の提案はもっともであるが、父島はもう相当近い

 と思われたので、金山はあえて降下を選択した。

  高度2,000mから、徐々に機体を降下させる。


 「ゾノ、ニシ、電波高度計に注意しろ。」


  そう言いながら自分も電波高度計に目を遣る。

  高度1,000mを切り、さらに降下するが海面は見えて

 こない。


 「高度500、300、100!」


  高度を読み上げていた西山上飛曹の声が上ずる。


 「電探、反応はどうだ?」


  金山が聞いても


「反射波、ありません。」


 と八木二飛曹の答え。


  ついに


 「高度50!」


 と西山上飛曹が叫んだところで、金山は機体を水平

 飛行に戻した。

    

 「おかしいぞ。それこそ、もう父島にぶつかる辺りなの

  に、電探反応すらない。」


  そう言いながら金山は、窓の外に目を凝らすが、相変

 わらずの白い闇で、何も見えない。


  そんな中、金山は白い闇に包まれた視界の中に、青い

 切れ目がちらりと見えた気がした。


 「前方に、晴れ間が見えまーす。」


  前方機銃手兼爆撃照準手である中山一等飛行兵曹から

 の待ちに待った報告である。

  操縦席にいた全員が思わず前方を覗き込むが、機首が

 邪魔をして見えない。

  金山が操縦席右舷側方を改めて凝視するが、少なくとも

 右舷はまだ白い闇である。


  中山一飛曹の報告から、3分も経った頃であろうか、

 機体が突然、霧から飛び出した。



 ・溺者救助


  白い闇の中からいきなり陽光の下に飛び出たので、操縦

 席にいる全員が、眩しさのあまりハレーションを起こした

 ように、一瞬、視界が効かなくなった。

  全員が我に返ったように視界を取り戻すと、真っ青な海

 と紺碧の空が目に飛び込んで来た。

  高度50mであるから、海面が間近にある。


 「さぁて、父島はどこかいなぁ。」


  金山が歌うように呟いて前方180度を見渡したが、穏や

 かな海の向こうに水平線が果てしなく続き、島影はどこ

 にも見えない。


 「何だこりゃ。よし、高度を上げる。」


 「今度は、きっと高度が低すぎて島影が見えないんだ、

  いや、そうに決まっている。」


  そう思った金山が、上昇を命じかけた時であった。


 「溺者発見ッ!」


  中山一飛曹からの報告が、伝声管越しに鋭い声で

 もたらされた。


 「溺者だと!?漂流者か何かか?」


  金山の質問に返ってきた答えは


 「小舟…ボートです。本機の正面方向、距離は直近。

  あ、少女です。少女らしき者が2人乗っております。」


 であった。


 「何、少女だと?」


 と言うが早いが、金山は旋回を命じた。


 「西山、90度方向へ旋回。」


 「90度方向へ旋回了解、宜ー候ー(ヨーソロー)。」


  西山上飛曹の復唱と共に、機体は右へ90度旋回した。


 「西山、続けて270度方向へ旋回。」


  金山の命令に


 「270度へ旋回、ヨーソロー。」


  復唱が返り、機体は左方向へ90度旋回する。


  金山は、右前方の海面を、目を凝らして見た。


 「あ、いたいた。本当にボートがいるぞ!」


  叫びながら彼は双眼鏡でボートの中を覗き込んだ。


 「うわぁ、何だありゃ。金髪の女が2人乗っているぞ。

  日本人とは違うんじゃないかっ?!」


  エンジンの爆音に負けじとばかりの金山の叫びに


 「え!?金髪娘ですかい!」

 「金髪女、金髪女。」


  などと口々に言いながら操縦席の面々が右前方を

 見遣る。

  佐々木少佐でさえ、指揮席から双眼鏡で窓の外を

 覗いている。


 「アメ公の船が難破して、とかの遭難者じゃあない

  ですかね。」


  八木二飛曹の疑問に


 「後方ならいざ知らず、ここは一応前線だぜ。娘っ子

  がのこのこ出て来る幕はあるめぇよ。」


  金山は答えてから


 「おい、メエ。電探をさぼるんじゃねえよ。島を探せ

  馬鹿野郎。」


  いつの間にか自分の側に寄って来ていた八木を軽く

 しかった。


 「へいへい。」


  八木はペロリと舌を出してから、自席に戻って

 行った。


 「ぶったるんでますなぁ。」


  遣り取りを見ていた西山が嘆くように言うと


 「いや、八木はよくやってくれとる。」


  金山はそう言った後


 「()()、どうすっかなぁ。」


 と西山に向かい、ボートの方を顎でしゃくりながら

 言った。


 「まさか助けるんですか?要務飛行中ですよ!?」


  西山が意外そうに答えた。


 「でも、女子供を見捨てるっちゅうのは、何か寝覚

  めが悪そうでな。」


  金山の反論に


 「武士の情け、ですか。」


  西山が問い返す。


  金山は、佐々木少佐の方をちらりと見遣った。

  その視線に気付いたのか、少佐は


 「飛行中の機の運用判断は、機長に委ねる。航海中の

  艦と同じだ。」


 と答えて寄越した。


 「了解しました。」


  金山は返答してから


 「嫌な奴と思ったが、意外と話の分かる野郎だ。」


 と思い感心した。


  金山は腹を括り、改めて伝声管を取り


 「溺者救助方用意、配置に付け。」


 と命じた。


  

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