笑止!
取り残されたティモシーは、バツの悪そうな顔で私を見た。
「モ、モニカ、どうやら誤解があったようだ。その……婚約破棄の件は」
ティモシーが口を開いたその時。
「見つけたぞ、ハサウェイ伯爵令嬢!」
いきなり声をかけられ、驚いて振り返る。
そこにはアイスシルバーのサラサラの髪を揺らした、元生徒会長であり卒業生総代を務めたこの国の第二王子、エルダン・フィリップ・ザビエラが、純白のテールコート姿でホールに入って来た。ニュースペーパーで姿絵を見たことはあるが、実物を見るのは初めてだ。彼のアクアグリーンの美しい瞳は、まっすぐ私に向けられている。
武芸に秀でた王太子に対し、第二王子のエルダンはまさに秀才。この国の頭脳と言われる逸材だった。そのエルダン第二王子の前には、紺のブレザーにグリーンのタイという学生服を着た男子生徒が二人いる。
「現生徒会長の協力も得て、この二年生の二人をあぶり出した。金をもらい、スカリア男爵令嬢の教科書を隠したり、バケツの水をかけたり、階段から突き落とそうしたことを白状した。一体なぜそんなことをしたのか。金を渡したのは誰なのか。この後、わたしの近衛騎士に尋問させるつもりだ」
つまりヒロインに、私に代わって嫌がらせをしていた犯人を、エルダン第二王子が見つけてくれたと言うわけだ。
「エルダン第二王子殿下、まずは二人の不届き者を見つけていただき、ありがとうございます。近衛騎士による尋問となりますと、いささか大事になりませんか。生徒会が話を聞くのであれば、学園内で起きた出来事として、まだ処分ができますのに。国家として関わるとなると、場合によっては牢獄への収監にもなりませんか?」
私がそう尋ねた瞬間。
「そちらにいるランドン公爵家のティモシー様に指示されたのです! 金をやるから、ハサウェイ伯爵令嬢の仕業に見せかけ、スカリア男爵令嬢に嫌がらせをするようにと」
エルダン第二王子の前で跪く、アッシュブラウンの短髪の男子生徒が、そう白状した。つまり私の仕業と見せかけ、リアーナに悪さをするよう下級生をお金で操ったのは、ティモシーというわけだ。
「なるほど……。ランドン公爵家のティモシー……、君、まさかそんなことを指示したのか?」
エルダン第二王子が、アクアグリーンの瞳を、ティモシーに向けた。その視線は冷え冷えとしたもので、ティモシーの顔は、今度は蒼白となり、全身を硬直させている。
「おそらく、私と婚約破棄する際、自身に有利になるようにしたかったのでしょう。私に非があるわけではないのに、婚約を破棄するとなると、違約金が発生しますから。スカリア男爵令嬢に、私が嫌がらせをしているというでっちあげをした上で、婚約破棄をしたかったのかと」
そう言って私はエルダン第二王子に、ティモシーが送りつけてきた書類を渡す。私がリアーナにいやがらせをしたという記録であり、証拠だと、ティモシーが屋敷に送りつけてきたものだ。
私の説明を聞き、書類に目を通したエルダン第二王子は……。
「はっ、笑止! ハサウェイ伯爵令嬢はこの二年間、在宅学習がメインで、学園には週一回しか通わなかった。この日時に学園にいるわけがない。そんなことも分からず、くだらない三文芝居を打ったのか!? ……ハサウェイ伯爵令嬢、こんな不躾な男との婚約を、続けるおつもりなのか?」
「それは……」
チラリとティモシーを見ると、彼は突然、大理石のホールにひれ伏し「すまなかった、モニカ!」と謝罪を始めた。
エルダン第二王子はそれを無視し、私に声をかける。
「ハサウェイ伯爵令嬢。君は在宅学習でありながら、実に優秀な成績を修めている。わたしはずっと君のことが、気になっていた。何度か面会を求めたのに、君は体調が悪いと断り続けて……。やっと会うことを承諾してくれたと思ったら、会うための条件として、スカリア男爵令嬢に嫌がらせをしていた人物を捕まえてください、ときた。驚いたが、よく分かったよ。君はこのどう考えても無能な婚約者と、別れたかったのだろう?」
エルダン第二王子に尋ねられた私は内心「うーん、そういうわけでもないのですがね」と思っていた。
だって。
私は断罪回避を諦め、婚約破棄上等! 修道院、ウエルカム!と思い、既に覚悟ができていた。よってヒロインであるリアーナが、実は攻略対象にハワード騎士団長を選んでいたなんて、想像もしていなかった。よって私が「何もしていません」と言っても、リアーナが「いえ、確かにモニカ伯爵令嬢にいじめられていました!」と主張すると思っていたのだ。
さらにそこでゲームのシナリオの強制力も発動され、私の主張はむなしく終わり、婚約破棄が成立。ティモシーとリアーナがハッピーエンドを迎えると思っていたのだ。
まさかリアーナが真逆の主張をして、ハワード騎士団長が登場し、そこへエルダン第二王子まで来るとは思ってもいなかった。
エルダン第二王子が登場することになった理由。
それは私が在宅学習を始めて数か月した頃に遡る。
モニカ・ベス・ハサウェイは、典型的な悪役令嬢であったが、地頭が良かったようだ。そして前世の私は、美女でも天才でもなかった代わりに、雑学王だった。モニカの地頭の良さと私の雑学知識の相性は、良かったようだ。かつ在宅学習という自由度の高い学習スタイルもあっていたのか、試験を受けると秀才と言われたエルダン第二王子と、上位争いをする事態になっていた。
すると。
エルダン第二王子は、私に強い関心を持った。それは主に、勉強のライバルとしてだと思う。こうして在宅学習する私に、頻繁にエルダン第二王子から手紙が届き始めた時。ずぼらな私は手紙を見ても何もせず、放置していた。だが、両親が心配した。相手は王族なのだ、返信を書くようにと言われてしまったのだ。
そこでエルダン第二王子が沼りそうな「コラッツ予想」について書いた手紙を、送りつけることにした。