何もしていません
「モニカ、婚約破棄になる理由は分かっているだろうな?」
ティモシーは自慢の金髪をこれみよがしにかきあげ、隣にいるリアーナを抱き寄せる。ピンク色のドレスを着たリアーナは、ヒロインらしく、可憐だ。
「さあ、私には何も思い当たることがないのですが」
ふてぶてしいと思われても、もはや構わない。
何せ私は本当に、な~~~んにもしなかったが、リアーナをいびったことになっているのだから。本当に、思い当たることはないのだから、これ以外の答えはない。
「随分と生意気な態度だな。君は美人だが、このリアーナのような愛らしさがない!」
「婚約破棄の理由はそれですか?」
「ち、違うっ! いや、違わない。それもあるが、問題は君がリアーナにしたことだ! 君はここにいる可憐なリアーナに対し、執拗な嫌がらせをしただろう。このか弱いリアーナにバケツの水をかけたり、階段から突き落とそうとしたり、教科書を隠したり。随分とひどいことをしたようじゃないか」
ティモシーの指摘にその場にいた貴族がざわざわと反応している。皆、一様に「なんでひどいことを」と囁いている。
「ティモシー様、お言葉ですが、私は何もしていません」
「はあ?」
「ですから、何もしていないのですよ」
「?????」
あー、やっぱり説明しないとダメかぁと思いながら、私は口を開く。
「私達が通うコレット王立学園は、全寮制の寄宿学校ですが、特例が認められています。個別の事情に応じ、屋敷からの通学も認められているのです。さらにその事由が病に関わるものですと、在宅学習も認められていることは、ご存知ですか?」
知っている人の方が少ないと思ったが、ティモシーは案の定知らないようだ。あ、でもリアーナは知っているのかしら。頬がぴくぴくと反応している。
リアーナは、実家を出たくて、出たくて、この全寮制の寄宿学校であるコレット王立学園を選んだ。在宅学習なんてなりたくないだろうから、特例についても調べていたのかもしれない。
それはさておき。面倒だけど、話の続きをしなければ。
「それでですね、私は貴族としては致命的なことに、お肉が食べられないのです。実は」
「そ、そうなのか……」
乙女ゲーム『恋のときめきお姫様タイム』は、中世の西洋風の世界観。貴族のメインデッシュは肉が主流だ。それで肉を食べられないというのは致命的。
「ピクニックに出掛けた時、とある虫に咬まれまして。肉に対して持病があるのです。よって三度の食事が提供される、寄宿学校での生活では支障があると、入学後に判明したのです」
前世でいうところのマダニで引き起こされる肉アレルギー。まさにこれそっくりの症状が、私には出る。この世界ではファットバグという名で呼ばれているが、私はその小型の吸血虫のおかげで、肉が食べられない体になってしまったのだ。
しかもこの世界では医療が未熟。アレルギーの概念もまだない。そこで偶然にもブタクサアレルギーの症状も出たため、両親は心配し、私の在宅学習を学園に申請したのだ。
「よって週に一度だけ、学園には通い、あとは在宅学習をしていました。ですが、ティモシー様はクラスが違いますし、そちらのスカリア男爵令嬢と親しくなってからは、私とは滅多に会わなくなりましたよね? よってこの事実も、ご存知ではなかったのではないですか?」
リアーナに夢中になってからは、手紙もよこさず、舞踏会に私を同伴することもなくなった。つまりティモシーは、私が在宅学習をしていたことを、まったく知らなかったのだ。
ということでティモシーの顔は、分かりやすくさぁーっと青ざめていく。
「ティモシー様の使いの方が、屋敷に届けてくださったこの記録。私がスカリア男爵令嬢にいやがらせをした日時と場所が記録されているとおっしゃるこの書類ですが。私はここに書かれている日時に、学園にはいません。学園の出席記録でも、私は在宅学習になっているはずです。つまりスカリア男爵令嬢に、私は嫌がらせをしていません。というか、学園にいないのですから、できません。つまり私は何もしていません」
ティモシーはイケメンだが、残念なことに頭の中は、お花畑だったようだ。もしくは可愛いリアーナに夢中で、詰めが甘かっただけかもしれないけど。
ともかく私の今の発言に、その場にいた貴族達が、これまで以上にざわついた。そしてティモシーに注目が集まる。するとティモシーは横にいるリアーナに、慌てて助けを求めた。
「リアーナ、そんなことはないよな? リアーナはこのモニカに、沢山嫌がらせを受けていたのだろう?」
するとリアーナはこれまでの愛らしい顔から一転、目を少し吊り上げ、懸命に怒っているという表情になった。
「違います! 嫌がらせなんて受けていないと、何度も申し上げたではないですか! それなのにティモシー様は、聞く耳を持ちませんでした。私は、モニカ伯爵令嬢という婚約者がいるティモシー様とお付き合いする気持ちなんて、これっぽっちもありませんでした! お断りしているのにしつこくデートに誘い……。お付き合いを断ったら、この学園から追い出し、実家に戻すと私を脅したのです!」
これにはもうビックリ!
ティモシーはヒロインの攻略対象。よってヒロインにも当然だが、アプローチをする。でもまさかそのアプローチを、ヒロインであるリアーナが嫌がっていたなんて!
「私はザビエラ王国騎士団の、ハワード騎士団長様のことを、お慕い申し上げているのです!」
リアーナがティモシーの手を振り払った。そこへヒロインの攻略対象の一人である、ハワード騎士団長が颯爽と現れた。ティモシーよりも長身で、鍛えられた体躯のハワード騎士団長は、見るからに頼りがいがありそうな好青年。騎士団の濃紺の隊服も、実に似合っている。さらにダークブラウンの短髪も、爽やかスポーツマンという感じで、すがすがしい。
「スカリア男爵令嬢、あなたのお気持ち、しかと聞かせていただきました。わたしもずっと、あなたのことを想っていたのです!」
まるで映画のワンシーンのように。
リアーナとハワード騎士団長はひしっと抱き合う。そしてハワード騎士団長は、ティモシーに厳しい一瞥を向ける。
「スカリア男爵令嬢から、あなたの脅迫については余すことなく聞いています。わたしはこの国の騎士団長として、愛する人の名誉を守るため、君との決闘も厭わない。覚悟があるならば、ザビエラ王国騎士団を訪ねたまえ」
そう言うとハワード騎士団長は、ヒロインであるリアーナの肩を抱き、舞踏会を後にした。