プロローグ
「モニカ・ベス・ハサウェイ、君との婚約もこれでお終いだ。つまり婚約は破棄だ!」
ザビエラ王国で一番力のある貴族、ランドン公爵家の嫡男・ティモシー。黒のテールコートでビシッと決めた金髪碧眼のティモシーは、卒業記念舞踏会の場で、予定通りの婚約破棄を告げた。私、紫のドレスを着た婚約者であるモニカに対して。
大勢の場で断罪されるなんて。しかもやってもいない嫌がらせの数々を理由に婚約破棄をされるなんて。もう苦痛でしかなかった。もし私が前世の記憶持ちでなければ、この理不尽な事態に反発し、反論を試みたかもしれない。
でも、私は何もするつもりはない。なぜなら自分が、乙女ゲーム『恋のときめきお姫様タイム』の世界に転生しており、しかもモニカ・ベス・ハサウェイが悪役令嬢であると分かっていたからだ。
そう。銀髪に紫色の瞳のモニカは、ナイスバディの美女でありながら、ヒロインの恋路を邪魔する、典型的な悪役令嬢だった。徹底的な嫌がらせを嬉々と行う意地悪令嬢というわけ。
モニカがねちねちと意地悪をするヒロイン、その名はリアーナ・スカリア。金髪に碧眼でミルクのような肌にローズ色の唇と、それはもう男受けする愛らしい少女。でも彼女はまさにドアマットヒロイン。実の父親であるスカリア男爵からは嫌われ、義母からは冷たくあたられ、義理の姉から虐げられてきた。
実家にいるのは限界と、全寮制の寄宿学校に入学し、そこでヒロインであるリアーナは、攻略対象と出会う。勿論、私、悪役令嬢モニカとも。モニカは伯爵家の令嬢であり、学園の女王様。イケメン揃いの攻略対象は、自分のものと考えていた。ゆえに爵位も低いリアーナが攻略対象との仲を深めると、熾烈な嫌がらせをモニカは行うのだ。
ゲームをプレイしている時から、ヒロインなのにリアーナは、なぜにこんなにも不幸なのかと思っていた。全寮制の寄宿学校に入学するために、自身を毛嫌いしている父親、義母、義理の姉の好感度をあげる必要もあったし、知力のアップも求められる。入学した後も実家からの嫌がらせが続く上に、悪役令嬢にいびられながら、必死に勉強もしなければならない。なんだかその合間に攻略対象の攻略をしているようで、乙女ゲームなのに過酷だよ、このヒロイン……と何度思ったことか。
まあそれでも。最後には見事攻略対象とゴールインし、盛大に家族にざまぁしてハッピーエンドを迎えるのだ。そこでのカタルシスは半端なかった。これは乙女ゲームではなく、きっと憂さ晴らしゲームね、と思ったり。
もしヒロインに転生したら、それはそれで大変だったと思う。プレイ中に経験した、あんなことやこんなことに耐えないといけないのかと戦々恐々だっただろう。かといって悪役令嬢の転生でよかったのか……いや、よくはない!
リアーナが誰を攻略するかで、断罪内容も変わった。もしこの国の王太子の攻略を始めたらそれはもう、悪役令嬢転生者のお馴染みのフラグ折り、回避行動で奔走だ。何せ断頭台が待っているのだから。
でも今回、リアーナが攻略対象として選んだのは、モニカの婚約者であるティモシーだった。ティモシーから婚約破棄されたモニカは、執拗な嫌がらせをリアーナに対して行っていた陰湿令嬢というレッテルを貼られ、婚期を逃す。そして最終的には修道院に送られ、未婚でバージンのまま天に召される。
乙女ゲームの世界に転生し、しかも身分は貴族。豪華なドレスや宝石を身に着けることができた。乙女ゲームらしく、モブでも目の保養になる男性も多かった。しかも攻略対象は美男子ばかり。それなのに未婚でバージン、質素倹約の修道院で人生終わるのか……と思う時もあった。
でも冷静に考えると、私はこのゲームの世界で異分子。本来この世界に存在していい魂ではないと思うのだ。それなら前世同様、未婚の乙女のまま修道院で静かに終わるのでも……まあ、いいかと思ってしまった。元々、面倒なことはしたくない、というずぼらな性格のせいもあったと思う。
それに調べたところ、修道院というのも、そう悪くはなさそうなのだ。
修道僧にも、眼福と思えるメンズはいる。そんな彼らの姿絵がひそかに出回っており、修道院内では、前世で言うところの推し活だってできるらしいのだ。しかも貴族のように、肉ばかり爆食いするわけではないので、病で苦しむことも少ない。そもそも私は肉がダメだし、お野菜、万歳だ! この時代、前世のような医療技術はないから、病んだら最期を待つのみ。死は身分に関係なく平等に訪れる。
ならば婚約破棄上等、修道院ウエルカム、断罪されてやろう!という境地に至った。
そうなるともう、悪役令嬢として、リアーナに嫌がらせするのも面倒。何よりドアマットヒロインは、不遇過ぎて、意地悪なんてする気も起きない。よって前世の記憶が覚醒した十二歳以降、そして現在十八歳に到るまで、な~~~んにもしなかった。
でも蓋を開けてみると、しっかりモニカはリアーナに、執拗ないびりをしていることになっている。さすが乙女ゲームの世界。これがゲームのシナリオの強制力、見えざる抑止力というものなのかしら。
こうしてバッチリ、ティモシーから婚約破棄を告げられた。そして彼は、私と婚約破棄する理由を、口にし始めた。