4:騒動から一年
こうして婚約破棄の裁判騒動から一年が経った。
この日、私は久々に宮殿で開かれる舞踏会へ足を運ぶことになる。それは魔獣討伐を終えたシルヴェスター王太子の帰還を祝う舞踏会で、「ぜひいらしてください」と招待状も届いたのだ。
「キャサリン様、とてもお似合いですよ」
「そう、ありがとう」
メイドの言葉に姿見の前に立つ。
鏡に映る私は、まさに乙女ゲームの定番悪役令嬢だ。
胸は大きく、ウエストは引き締まり、手足はほっそり。
元々艶やかだった髪は、さらに輝きを増している。
この姿であれば、どんなドレスだって似合う。
それでも悪役令嬢なので、選んだドレスは定番の真紅!
胸元には大きなリボン。結び目にルビーが飾られている。身頃には薔薇が刺繍されたレースがあしらわれていた。スカートはシルクの生地にたっぷりのチュールが重ねられている。
一年間のダイエットは……本当に過酷なものだった。ただ、キャサリンにはお金という強い味方がある。専属トレーナーの概念がないこの世界だったが、選りすぐりのイケメンを雇い、トレーナーにした。運動のプログラムは、前世知識で考えたもの。イケメン達はトレーナーという職種で雇用したが、それは名ばかり。そして名ばかりでオッケーだった。彼らの役目は、ダイエットを止めそうになる私に、エールを送ることだからだ。
こうしてイケメンたちに応援してもらい、運動を中心に食べ放題生活を改めた結果。
痩せた。劇的ビフォーアフターで!
痩せて気づいたのは、動きやすいことだ。以前は階段を数段上ったり、ちょっとトイレに行ったりするだけでも大変だったのに。あとはドレス代が安くなった。使う生地の量が減ったからだ。
ともかくドレスを着こなし、馬車に乗り込むと、宮殿へと向かった。
到着し、会場となる『英雄の間』に到着すると。
一斉に皆から見られた。
令嬢は羨望の眼差し、ご子息は欲望の込められた熱い視線を送って来る。
体と連動し、顔も痩せていた。以前は満月のように丸かったが、今は卵型。人相が変わったと言っても過言ではない。皆、私がキャサリンだと分かっていないようだ。
ならば今日は別人のフリをして、面白おかしく過ごしてみようかしら。
そんな悪戯心を膨らませていると、ファンファーレが聞こえてくる。
国王陛下と王太子、そして第二王子の入場だ。
目を見張るべきはシルヴェスター王太子!
彼が魔獣討伐に向かったのは三年前で、現在二十三歳。
激戦を経てより精悍に、逞しくなって帰還していた。
母親である王妃より、父親である国王に似たシルバーブロンドの髪は、サラサラ。シャンデリアの光を受け、月光のように輝いている。キリッとした意志の強さを感じさせる眉、二重の瞳は紺碧に近い青さ。鼻は高く、唇はキュッと結ばれ、整った顔立ちをしている。
激戦を駆け抜けた時とは違い、身に着けているのは儀礼用の秀麗な軍服。
濃紺のその軍服には、襟に階級を示すバッジ、胸に沢山の略章。飾緒は黄金、サッシュとマントは純白。贅肉はなく、その体は筋肉で出来ていると思わせるほど、よく引き締まっていた。
ヒョロリ優男のテネシーと違い、存在感がダントツである。
そのシルヴェスター王太子のそばに控える近衛騎士も、彼に負けないハンサムな騎士ばかり。多くの精鋭騎士が帰還し、令嬢達の瞳が輝くが、彼女達が注目しているのは……シルヴェスター王太子一択だろう。
彼は十五歳で魔獣討伐に向かうようになってから、王都を離れる機会が多かった。その前後で婚約者の話が出たが「今はそれどころではない。魔獣討伐に専念させてほしい」と宣言。北部にいる魔獣を殲滅したら、結婚を考えるとなった結果、奇跡的に婚約者がいない身だった。……というのは表向きの理由で、ヒロインの攻略対象であるから婚約者なしというのが本当の理由。
ともかく独身で婚約者なしのシルヴェスター王太子に、舞踏会に参加している令嬢は、大騒ぎだった。
「静粛に」という侍従長の声が響き、ざわめきが収まる。
国王陛下が舞踏会の開催の挨拶を述べ、帰還した王太子の活躍を褒めたたえた。さらに勲章も授与される。
集まった貴族達は帰還した英雄である王太子に、熱狂的な拍手喝采を送った。