3:勝算
「キャサリン。舞踏会でのことを聞いたよ。あの人気ロマンス小説の作者が、キャサリンだったなんて。驚きだ。文筆の才能があったのだね、キャサリンは」
父親であるストラスバーグ公爵は、キャサリンを溺愛してくれていた。よって過激な描写を含むロマンス小説の作者がキャサリンであると知っても、怒ることはない。むしろそれがすべて第二王子の浮気の証拠だったと知り、感心していた。
「それで、王族相手に裁判をするのだ。勝算はあるのかい、キャサリン?」
「勿論です。勝算なくして、戦いには挑みません」
こうして原告は私、被告はテネシーとして裁判が行われた。
通常は数か月から半年かかる裁判だったが、王族と筆頭公爵家の裁判ということで、あっという間に判決が出た。
結果。
私の勝利!
テネシー側の証人として呼ばれた貴族達が、ことごとくテネシーが有利となる証言をしなかったからだ。
理由は簡単。
全て押さえていたのだ。
テネシーが味方につけるであろう貴族達は、分かり切っていた。先手必勝で、弱みを握っておいたのだ。それは公になれば名声が失墜するものから、爵位剥奪につながるものまで様々。そしてその秘密は、とある人物に預けてある。私を裏切れば、全てが明らかとなり、詰むことになる。
私を裏切れば、全てを失う。
テネシーの味方をして裁判に勝ったとしても、その秘密は公になり、全てを失う。
私の味方をすれば、秘密は公にならず、全てを失うことはない。
そうなればどちらにつくか、それは明白。
ただ、手下の令嬢を使い、キャサリンがアイリーンにいじめをしていたのは、事実。それは私が覚醒する前のキャサリンが、やってしまっていたこと。仕方がない。そこは素直に認めた。だが、婚約者がいるのに浮気を繰り返していたのだ、テネシーは。そこが情状酌量の余地ありと認められた。浮気の回数も一度や二度ではないからだ。
よってアイリーンに対しては謝罪といくばくかのお金を渡すことになったが、これは微々たるもの。それ以外はすべて、テネシーに非がありと認められたのだから。
「殿下。そんなに暗い顔をされないでください。婚約はちゃんと破棄され、そちらのアイリーン男爵令嬢とも、婚約できるのですから」
裁判所を出ると、多くのニュースペーパーの記者とカメラマンが駆け寄って来た。私は勝利を祝う純白のドレス姿。対するテネシーは黒のセットアップ、アイリーンはテネシーに合わせた黒のドレスだが、奇しくも二人は葬式帰りのようにしか見えない。
「うるさい。君のような悪魔みたいな女、見たことがない! もう二度と、君とは関わらないぞ」
テネシーは苦々しい顔でそう言うと、カメラのフラッシュを避けるように顔を隠す。
「殿下、私もあなたとは関わりたくないのですが……。婚約契約書の第四十条の第二項の件はお忘れないように」
「!? な、何のことだ!?」
さすがに裁判になったのだ。婚約契約書を読み直さなかったのだろうか?
「第四十条は特記事項がまとめられています。その中で、もし婚約に関する裁判となり、いずれかが負けた場合。名誉を傷つけたお詫びとして、慰謝料と違約金に加え……。殿下が負けた場合ですと、所有するロザンヌ鉱山の権利を、我が家に譲渡することになっています」
「え……」
テネシーの顔が青ざめる。カメラのフラッシュがバチッ、バチッと大きな音を立てる。
この特記事項は、キャサリンの父親が万一に備え、かつ遊び心で加えていたものだった。まず婚約が破棄されることはないだろうと踏んでいたから、もし我が家が裁判で負けていれば、領地半分を返上することになっていた。領地半分に相当するものとして、テネシーが負けた場合は、ロザンヌ鉱山の権利を譲渡することになっていたのだ。
ロザンヌ鉱山は、現状は銀しか産出していない。だがこの後、さらに採掘を進めると、金が発見される。それは転生者である私しか知らない事実。今は銀山を一つ失い、テネシーは悔しがっているが、後々もっと悔むことになるだろう。
私は悪役令嬢として転生し、婚約者が毎夜のように相手を替え、浮気をするのを我慢してきた。粛々と証拠を集め、それを文字にして、その日に備えたのだ。結果、断罪は見事回避でき、我が家の名誉を保ち、そして金山も一つ手に入れることができた。
根こそぎ財産を持っていかれたと文句を垂れ続けているようだが、テネシーだって最終的にアイリーンと婚約できたのだ。一応はハッピーエンドではないかしら?