3:野垂れ死にエンドは回避
「この子を探していたら、カラスに襲われているのが見えました。すると真紅のドレスを着た、美しいシルバーブルーの髪の長いご令嬢が、カラスを追い払ってくれたのよ。綺麗な紫の色の瞳をした子。そう、そこにいる彼女がね」
私に視線を向けた後、理事長は、キップに鋭い一瞥を向けた。
「レトロなドレスの話を含め、確かにそちらのアデル公爵令嬢は、シシリー男爵令嬢に、きつい言葉を投げかけることがあったのでしょう。それにはどこか相手を見下す気持ちがあり、悪意が感じられます。そこは素直に謝っていただきたい所ですよね。ですが、彼女はいくつかの指摘に反論できませんでした。それは恐らく、この噴水突き飛ばし事件と同じ。反論しようにも、そんな出来事、身に覚えがないわけです。つまりはでっち上げなのでしょう」
ホールにいた全員が、もうざわざわして様々な声が反響している。
キップは反論したいが、でっちあげが事実なのだ。何も言えない。
シシリーはキップの腕を揺らし「しっかりしてください、殿下!」と言っているが、理事長の迫力勝ちだ。
「アデル公爵令嬢に、非はないとは言いません。ですが卒業式という晴れの日の舞台で、罪を問われるべきだったのでしょうか。しかもでっちあげまでされて。どうしてそこまでのことをされたのですか、殿下?」
「そ、それは……」
「もしや皆の前で、アデル公爵令嬢と婚約破棄をされたかった……のではないですか?」
これにはキップが固まり、さすがのシシリーも、動きを止めている。
でもずばりそれが正解だ。
「ではここは痛み分けといたしましょう。ぐずぐずと長引かせると、わたくしの持ち時間がなくなりますからね」
理事長はそう言うと、まず私にその強い眼差しを向けた。
「アデル公爵令嬢。シシリー男爵令嬢に謝罪を。ご自身の地位を鼻にかけるのは、よくないですからね」
「はい。理事長」と返事をした私は、シシリーに視線を向ける。
「シシリー男爵令嬢。あなたにひどい言葉をかけたこと、心から謝罪させてください。ごめんなさい。申し訳ありませんでした。若気の至りだったとはいえ、間違った行動をしたと深く反省し、二度とこのようなことをしないと、誓います」
アデルは確かに、レトロなドレスの件を含め、シシリーに暴言を吐いていた。これはゲームのシナリオの強制力で、“言わされていた”に等しい。例え本心ではなくとも、言ってしまったのは事実。ここは素直に非を認め、謝罪すべきだ。だからちゃんと謝った。
これを見て理事長が頷いたので、ホッとしたのだけど……。
「殿下、シシリー男爵令嬢。お二人の怒りは、謝罪だけではすまない、ということですよね」
キップはひるんだが、シシリーがキップを鼓舞した。そしてキップが渋々という表情で口を開く。
「り、理事長の言う通りです。……アデル公爵令嬢のシシリー男爵令嬢への態度は……許せませんでした。よって、彼女との婚約は申し訳ないですが、破棄とさせてください」
これはもう、ゲームの流れ。こうならなければ、この場は収まらない。文句などない。受け入れよう。
「かしこまりました、殿下。自分が蒔いた種ですから。謹んで婚約破棄を受け入れます」
「アデル公爵令嬢は、十分に裁かれました。この大勢の前で、謝罪をしたのです。婚約破棄され、それも受け入れました。これ以上の断罪を、わたくしは求めません。……それはファルスタック公爵夫妻も、同じ気持ちでしょう」
ずっと怖くて見ることができなかった両親の方を見ると、二人は「もういい。お前のことは責めない」と言ってくれているのが分かった。何よりも名誉を重んじる貴族だからこそ、衆人環視の中で、きちんと謝罪し、婚約破棄を受け入れたことを、認めてくれたようだ。
これで私、アデルは、両親から勘当され、野垂れ死ぬエンディングを迎えないで済む……!
私としてはもう、すべて終わった気分だったけれど、そうではないようだ。