1:反論できまい
というわけで迎えた卒業式当日。
卒業式だが、そこには生徒の保護者が集まり、学生は制服だが、父兄が着飾っているので、まるで舞踏会のように華やかだ。卒業式が行われているのも、学生主催の舞踏会が行われるホールのため、豪華なシャンデリアもあるし、楽団だって揃っている。いつでも舞踏会に変更できそうな雰囲気だった。
何よりも。
私の婚約者である第三王子のキップが、卒業生に含まれているのだ。今日の卒業式には、国王陛下夫妻も参加している。こんな場で、婚約破棄といじめ令嬢のそしりを受けるのだ。もう無気力にもなるというもの。
そしてそれは、ゲームのシナリオ通りで始まった。
卒業生総代として、キップが壇上に立った時。
「アデル・ファルスタック!」
いきなりそう、名前を呼ばれたのだ。
これは本当に心臓が止まりそうになる。
でも私は悪役令嬢アデル。
心の中はガタブルだが、当の私は堂々と、こう答えている。
「何でしょうか、キップ殿下!」と。
ゲームの見えざる力は、私、悪役令嬢に対しても、正しく機能している。私にとっては嬉しくない方向で。
「本来、卒業生総代として挨拶すべき場であることは、重々承知している。だがこの三年間。学園で起きていた痛ましい事件を、なかったことにしたまま、卒業することはできない――そう僕は気づいた。そこで決意した。僕の婚約者であり、公爵家の令嬢でありながら、か弱き男爵家の令嬢であるシシリー・ヘイゼルをいじめ抜いた、アデル・ファルスタックの悪事を暴くことを!」
大変なざわめきが起き、心臓はバクバクしている。でもアデルはちゃんと答えている。
「キップ殿下、唐突に、何のことでしょうか」
「フッ。シラを切る気か。よかろう。君の悪事、全て明かしてやる」
そう言うとキップは、一方的に私の悪事を話し続けた。もはや卒業式に参加している生徒も父兄も、キップの一人芝居を観劇しているような状態だ。滔々と語り続け、まさにクライマックスという形で、あの噴水突き飛ばし事件を持ち出した。
ちなみにここまでの間、ゲームの力も作用し、アデルは反論しているが、それはすべて裏目に出ている。
「だって、流行遅れのドレスですよ? そんなのを着ていたら、恥ですよね? ですから指摘したのですわ。指摘されたことで、次回はちゃんと流行を押さえたドレスで、舞踏会へ参加できるでしょう?」
「ハッ。随分とヒドイ言い草だ。シシリーは、祖母の形見のドレスを着て舞踏会に参加したんだよ。祖母と一緒に舞踏会へ参加している気持ちになりたいと思ってね。それがレトロなデザインであることなど、重々承知だ。それを皆の前で、シシリーに理由も尋ねず、いきなり流行遅れと指摘するなんて。君の品格を疑うよ」
どうして悪役令嬢なんかに転生したのだろう?
前世でそんな悪行を働いた覚えなんてないのに。
むしろ。
ノーとは言えない性格で、損ばかりしていた気がする。何か押し付けられても、「……分かりました」と引き受けてしまう。押し付けた相手は、飲み会やデートと楽しそうにしている。一方の私は……。
上司や偉い人に媚びるのが上手な人の影で、地味に存在しているような人間だった。
大好きだったゲームの世界に転生できたものの、ヒロインの幸せのため、踏み台になるような悪役令嬢に転生しても……。前世の私は、確かにヒロイン向きではない。どちらかというと、踏み台になる悪役令嬢とイコールと言えば、その通り。だから悪役令嬢に転生したのかな?
でもね。それでもなんとか悪役令嬢にならないよう、奮闘した。ところがことごとくシナリオの強制力で、無駄に終わってしまった。
なんでかなぁ。ただ、ひっそり生きていきたいだけなのに!
そう強く思った時。
颯爽と悪役令嬢を助ける、ヒーローが現れる。
なんてことはない。誰も来ない。ただ、キップがこう告げた。
「アデル、諦めるんだな。そこにいる三人も、君が噴水にシシリーを突き飛ばすところを見ていたと言っている。その三人とは、男爵家のコーロ令息、伯爵家のフカフ令嬢、子爵家のホイ令息。みんな名門貴族であり、嘘をつくような一族ではない! それに庭師の男も警備員の騎士も、アデルがシシリーを突き飛ばすところを見たと証言した」
もう終盤だ。
これを言われたら、打つ手なしで終わる。
「反論できまい。素直に罪を認め、シシリーに謝罪するんだな」