プロローグ
「キャサリン、残念だよ。君がこのアイリーンに対し、お金に物を言わせ、ヒドイいじめを……」
「殿下、お待ちください!」
「!?」
王道にふさわしい、金髪碧眼で黒のテールコート姿であるテネシー。そしてその隣にいるピンクのドレスを着たアイリーンが、怪訝そうに私、真紅のドレス姿のキャサリンのことを見る。
宮殿で開かれている華やかな舞踏会の場が、今、修羅場に変わりつつある。
「婚約破棄で構いません! 殿下がそちらにいるアイリーン様と恋仲であること、存じ上げています。これまでのような遊びではなく、本気であることも。どうぞ、私とは別れ、そちらのアイリーン様と、お幸せになってくださいませ」
私から、婚約破棄を宣言した。この事実にこの国の第二王子であるテネシーと男爵令嬢のアイリーンは、衝撃で言葉が出ない。
◇
イケメンはモテる。
これはまごうことなき事実だ。
イケメンを好きになれ!
もはやそれは遺伝子レベルで刷り込まれているとしか思えない。
人間以外でもそう。
孔雀なんてオスがあれだけド派手なのに、メスは非常に地味。
そして私、キャサリン・マーガリタ・ストラスバーグは、まさに孔雀のメスと、陰では揶揄されていた。
ストラスバーグ公爵家は、私が転生した乙女ゲーム『恋の王道~イケメン攻略~』の世界において、五つの有力公爵家の筆頭だった。建国王の弟から始まったストラスバーグ公爵家の長女として転生した私は、現国王の次男であり、第二王子のテネシー・バイロン・ウィンタースと婚約している。
そのテネシーは、まさに孔雀のオス。
金髪碧眼の王道を行く王子様であり、王太子まではいかないが、武芸にも優れ、勉学でも優秀な成績をおさめていた。長身で細身、いわゆる優男であるため、モテる。
そう。
私という婚約者がいるのに、おかまいなしでモテるのだ。
ウィンタース王国は、乙女ゲームの世界なので、魔法もあれば、魔獣もいる。そしてテネシーの兄である文武両道のシルヴェスター王太子は、魔獣討伐の総司令官として、王都から遥か遠い北部の地で戦闘中。毎夜開かれる宮殿の舞踏会の主役は、第二王子であるテネシーだった。
それでなくてもウィンタース王国では、多くの優秀で素敵な騎士が、魔獣討伐に駆り出されており、男性の数が少ない。人気のある長男は売約(婚約)済み。舞踏会でも壁の花になっている令嬢の数が、圧倒的に多い。そんな中、テネシーがモテまくりなのは、ある意味仕方のないこと……?
「キャサリン。君はわたしという、この世で一番美しい男性の婚約者だ。光栄だと思うがいい。君のような女、筆頭公爵家という身分がなければ相手にされないことぐらい、分かっているだろう? それにこの国の令嬢は皆、寂しい思いをしている。それを慰めるのは、第二王子であるわたしの務めでもあるのだから」
テネシーがこんな性格だったとは。ゲームをプレイしていた時には分からなかった。ヒロインに対しては、あくまでイケメン優男だったから。
テネシーがモテるのを、婚約者であるキャサリンが許しているのは、他でもない。すべて遊びであると、分かっていたからだ。テネシーに言い寄る令嬢は、キャサリンに対し、身分で負けることを理解している。筆頭公爵家には敵わないと。そして現在、キャサリンもテネシーも十九歳。二人は二十歳で結婚することになっている。どれだけイケメンで優男であろうと、テネシーはキャサリンが手に入れるのだ。よって多少の火遊びは許してやろうと、キャサリンは目をつむっていた。
というのが、私が覚醒する前のキャサリンの実情。
そのキャサリンは十八歳の時、高熱で三日間寝込む。そこで悪夢と思って見た夢が、前世の記憶であり、自分が乙女ゲーム『恋の王道~イケメン攻略~』の残念悪役令嬢であることに気が付く。つまり、私の覚醒だ。