格付けAはダテじゃない
旗揚げ篇 その9
合戦とは境界争いである。
それは最初の矢が放たれる前から始まっている。
各国は隣り合う周辺国の動向をつかむべく、絶え間なく諜報員を送り込む。
忍者、草、間諜、スパイなどと呼ばれるソレは、強国ともなれば必ず専門の部署を持つ。
諜報力がなければ敵の動きを察知できず、今回の美髯国のようにしっかりと傭兵を集めたうえで迎撃することもできない。
いくら大軍を保有していても、それを適切なタイミングでしかるべき場所に集合させ、動員できなければ何の意味もない。
合戦は国盗りの華には違いないが、その下には国の総合力とでも呼ぶべき枝や幹、そして根っこが続いているのである。
「今より陣を布く! 傭兵隊は最前列へ!」
美髯国の将・鹿山藤三郎が言った。
この男も元傭兵であり、君主の真壁守善に長年付き従って来た。
真壁が建国してから五十歳を手前にして初めて正規の部将となった。とうぜん傭兵の起用法は熟知している。
たいていの場合、傭兵隊は最前線で戦うことになる。
正規兵の損耗を抑えたいのはどの国も同じであり、それは傭兵も理解している。
しかし今回は鹿山の部隊300が傭兵隊のすぐ背後に付き、睨みを利かせる布陣を取った。
「信用ねえな。真壁のダンナもお城暮らしで傭兵ゴコロを忘れちまったかな」
陣の構築中、傭兵たちからそんな声が聞こえて来た。
「なあに、こっちにはホワイトナイトがいるんだ。オレたちゃついていくだけさ」
Aクラスの傭兵隊ともなれば、軍議に参加することも珍しくない。
特にホワイトナイトは防衛戦に長けた傭兵隊としてよく意見を求められる。が、大多数の傭兵は何も知らされずに戦場に立つことになる。龍絶も当然同じである。
「ニーナ、戦場をどう見る」
傭兵隊の陣の中、曲直瀬は抑えた声で問うた。
「特筆すべき地形もなく、戸建ての多い平凡な住宅街です。道幅も十分に広く、民家の上を取れば矢も効果的でしょう。ごくふつうの市街戦といえます」
さて――国家の領土はそれぞれの城砦の支配領域によって細かく管理されている。
今回、美髯国は支城・カミツレ城に向かって攻め込んで来る箕笠軍を迎撃する。カミツレ城が落とされ、箕笠国の旗が立てられた時、その支配域はまるまる奪われる。
あるいはカミツレ城が落とされなくとも野戦で敗れ、そこに箕笠国の簡易城砦を築かれればカミツレ城の支配域が削られることになる。
勝利の諸条件は城の奪取、敵軍の領域外への撃退、あるいは敵将の撃破となる。
「一つだけ……あの十郎山が気になります」
ニーナはやや前方に見える小高い山を指差した。標高約60メートルの低山である。
「うむ……うちのクソ軍師はなんて言ってた?」
「知るか。忙しい――と」
「あの野郎……まあいい、前線はホワイトナイトを中心に動くはずだ。おれたちは流れに身を任せよう。鬼姫、比賀宮、とにかくおれを守れ。以上」
「あの……」比賀宮は恐る恐る手を挙げた。「それだけですか?」
「なにが?」
「何か必勝の策はないのかな……と。こないだの戦みたいに」
「あれはニーナが無名だったからできた奇襲だ。個人の武力だけで勝敗がつけば、この街は千年もピーチクパーチクやってねえよ」
午前十一時十二分――合戦が始まった。
箕笠軍の動きに呼応して、美髯軍も前進する。
想定される接敵地域は住宅街の中心部になり、そこには公園がある。
星凪市は合戦をコンセプトとした都市デザインをされているため、道路の幅員は広く、施設には戦闘スペースがあり、野戦用の公園も多く、調練もそこでおこなわれている。
住宅街を美髯軍はまっすぐ進軍した。ホワイトナイトを前軍の中核に据え、中軍に鹿山隊、そして後軍に君主・真壁守善の本隊が続く。
そこに敵軍の位置を調査していた斥候兵が戻って来た。
斥候兵は排気量250㏄のネイキッドのバイクを駆っている。保有できるバイクは国力や傭兵隊の規模によって、台数ではなく総排気量で決められている。
公園など草地の野戦では今も軍馬が現役だが、アスファルト上の市街戦ではこのようにバイクを使用することが多い。
斥候兵はバイクに乗ったまま、中軍の鹿山藤三郎に報告した。
「報告! 北西の方角、300メートル前方にて箕笠軍を確認!」
「想定通り! ホワイトナイトには厚く守らせ、時を稼がせておけ。御屋形様には『夕暮れ時の散歩のごとく参られよ』とお伝えしろ。行け!」
鹿山は侍っていた伝令兵たちにそう命令すると、ぺろりと唇をひと舐めした。
そのころ、前軍にいた曲直瀬はホワイトナイトの『聖騎士』久留嶋仁に接近していた。
「よう、白馬の王子サマ! この戦、どう勝つつもりなんだ?」
「何者だい? 無礼なヤツだな」
「龍絶の頭領・曲直瀬だ。策戦を聞いておきたい」
久留嶋は曲直瀬のそばにいた鬼面のニーナを一瞥した。
「……なるほど。では教えよう。我が騎士団が持ちこたえつつ敵を誘い込み、鹿山どのの部隊が左右から挟撃するのだ。そのために君主の真壁どのにご出陣いただいた」
「誘引策か。だがあの山はどうする?」
曲直瀬はやや目線を上げるほどまで接近した十郎山を指差した。
「当然考慮しているさ。すでに副団長の深山クンを向かわせている」
「ほう……さすがはAクラス」
「戦場に絶対はないからね。この久留嶋、油断はしないよ――さ、敵のおでましだよ」
久留嶋の視線の先に箕笠軍の敵影が見えた。
弓兵が民家の屋根に乗り、弦を引き絞って構えている。
久留嶋は紅いマントを翻し、白い甲冑を輝かせ、巨大なランスを軽々と掲げた。
「我が栄光のホワイトナイトよ! 我らしろがねの堅城となりて! 悪しき刃を砕かん!」
久留嶋はバイザーを下ろし、白銀のユニコーンが彫刻されたカイトシールドとランスを構えた。すると他の騎士たちも密集隊形を取る。一糸乱れぬ動作は凄まじい練度の賜物だった。
箕笠軍の飛矢は公園に接近するほどに数を増した。
ほかの傭兵たちがバタバタと矢の犠牲になる中で、ホワイトナイトの一団はびくともしない。少しずつ着実に進軍していく。
「ひゅー、カッコいいな、ホワイトナイト!」
感心していた曲直瀬の足元に矢が突き刺さった。
「うおっ、いかんいかん。比賀宮! おれを守れ! シールドウォール!」
比賀宮優は楕円形のインピの盾を構えて曲直瀬の前に立った。
「シールドウォール! って……ほんとにこれでいいんですか?」
「かまわん! 鬼姫もおれを守れ! はやくしろ!」
「偉そうに……」
ニーナはそうつぶやいて小さくため息を吐くと、青龍偃月刀で虚空を一閃した。鋭い闘気が疾風となって巻き起こり、それに触れた矢の雨は一瞬で真っ二つに叩き折られた。
その凄まじい技を目の当たりにした傭兵たちは歓声を上げる。
「マドモアゼル、噂にたがわぬ絶技だね」久留嶋はバイザー越しに笑みを浮かべた。
「キミのメンターは誰だい? さぞかし名のあるお方だろう」
「いいえ、まったくの無名です」
「ふむ……ではどこかの道場に?」
「いえ、ただの家庭教師です」
「そうか。何にせよ素晴らしい教え子を持ったのは間違いない」
その言葉どおり味方の軍勢は勢いづいていた。
ニーナの存在が前線の士気を高め、美髯軍は矢が降り注いでも速度を緩めることなく、公園広場で箕笠軍と衝突した。
そのとき、単騎で箕笠軍めがけて突入する男が一人。
例のツンツンヘアーの男である。バスタードソードを下段に構え、斜めに下ろした切っ先で大地を削りながら疾走した。
「おい見ろ! あの主人公っぽい男だ! 凄まじい胆力だなオイ!!」
曲直瀬はニーナの腕をつかんで興奮気味に何度も引っ張る。ニーナはそれを面倒そうに振り払った。そしてあっさり冷たく言ってのける。
「蛮勇です。協調性がないとも言います」
「そんなわけないだろ。おおッ、果敢に斬り込んだ! これは強いぞ!」
「弱いです。すぐ死にます」
さてもニーナの言うとおり、ツンツンヘアーの男はあっさりと敵兵の槍に突かれ「ぎゃひんッ」と情けない声を上げて絶命した。
「あえぇ……」曲直瀬は愕然とした。
「ハッキリ申し上げておきますが、曲直瀬さまの目は節穴です」
「ふ、節穴……?」曲直瀬は、そんなバカな、という顔をしている。
「あの者の武力は至極平凡です。主人公っぽい出で立ちも、主人公っぽい言動も、ただの演出に過ぎません。自己プロデュースと言えば聞こえはいいですが、実力を覆い隠すただの虚飾です。それをまんまと……ばか」
「ぐぬぬ……」
「今後、独断での人材登用はおやめになり、私に相談してください」
「う……うむ」
「うむじゃない」
「……はい」
「結構。では、戦に戻ります」
そう言ってニーナはきわめて事務的に青龍偃月刀を構えた。