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主人公っぽい男

旗揚げ篇 その8

 傭兵隊はつまるところ自由業・フリーランスである。

 出陣の命令を待つだけの国家正規軍とは違い、自分たちで合戦の情報を収集し、参戦を志願しなければならない。

 格付けハイクラスの傭兵隊の中には、国家に対して侵攻を企画提案する『遊説家ゆうぜいか』を派遣しては合戦を生み出し、報酬を得ているものもあった。

 傭兵隊が参戦する手段は、傭兵組合『刀世連とうせいれん』が公表している各国の募兵情報を当たるか、繁華街の盛り場などで自ら合戦の噂を収集して国家に売り込みに行くか、である。

 もちろん格付けでハイクラスになれば国家のほうからオファーが来る。

 傭兵隊の規模は上限300人まで、持てる贄札にえふだは頭領のみ武将札までと定められている。

 つまり傭兵隊の頭領は群雄の一人に数えられるものの、身分はあくまで武将格となる。

 そのため星凪市がホームページや広報誌などで公表する武力値は頭領しか判定されず、今のニーナがどれだけ戦功を挙げようと兵卒に過ぎないために正確な武力値を出せないでいた。


 この日、曲直瀬たちは、とある戦の集合場所に向かった。

 旗揚げしたばかりの龍絶にとって二度目の合戦である。


 午前十時――。場所は星凪市の南西に位置する小国・美髯びぜん国にある運動公園。

 その国名のごとくツヤツヤとした長いアゴヒゲで知られる君主・真壁まかべ守善しゅぜんは、隣国の箕笠みかさ国の度重なる侵攻に終止符を打つべく、大規模な募兵をおこなった。

 この真壁守善、傭兵から身を起こして一代で国を築いた男である。

 傭兵への報酬未払いが頻発していた国に反旗を翻し、ついには国を乗っ取ったというエピソードを持つ。傭兵の苦労をよく知る者として同じ傭兵たちからの人気は高い。


 400mトラックのあるグラウンドには傭兵隊が集められていた。これから国の担当者に参戦報告をし、着到状ちゃくとうじょうにチェックを入れてもらう必要がある。

 要するに点呼である。

「えー、部隊名は龍絶。格付けはまだ。参戦は三名。以上」

 曲直瀬は蜘蛛の文様を染め抜いた黒い着流し姿で行列に並び、参戦報告をおこなった。

 するとタブレット端末に目を落としていた担当者の男が顔を上げた。

「えっ、龍絶って……もしかしてあの青龍偃月刀の!?」

「あっ、わかるー?」

「まさかご参戦いただけるとは! うちの御屋形おやかた様は忠義神武霊佑仁勇護国保民精誠綏靖羽賛宣徳関聖大帝の信奉者でして」

「……うん?」

「失礼、つまり関羽の大ファンでして、鬼姫どのの見事な戦ぶりを激賞なさっておられました。こたびは鬼姫どのにご加勢いただけるとあれば、勝利は間違いありません!」

「うんうん、そうだろうそうだろう。カッカッカ!」

 曲直瀬が機嫌よく笑っていると、背後で歓声と感嘆が沸き起こった。

 振り返るとそこには足並み揃えてグラウンドに入場する五十名ほどの一団がいた。

 軽量化した西洋風の甲冑を身にまとい、いずれもランスを肩に担ぎ、白いユニコーンを染め抜いた軍旗を高々と掲げている。

 その先頭を歩くのは赤いマントに白銀のプレートアーマーの男である。従者に自分のランスを持たせ、兜を小脇に抱えてさわやかな笑みを浮かべていた。声援に手を挙げて応えている。

「あの甲冑軍団はなんだ?」

 曲直瀬はズールー族のインピセットを装備した比賀宮優に問う。

 比賀宮はタブレット端末のカメラで軍旗の文様を読み取り、刀世連から公開されている傭兵隊の情報を閲覧した。

「アレは傭兵隊『ホワイトナイト』です。すごいです。Aクラスですよ!」

「有名なのか?」

「団長の『聖騎士』こと久留嶋くるしまじんは武力値88を誇る武将ですね。自己犠牲をモットーとしていて、防衛戦にしか参加しないようです。あの巨大なランスと甲冑で超攻撃的守備を実現している――って書いてます。今回、Aクラスは彼らだけみたいですね」

「ホワイトナイト……白馬の王子サマか」

「曲直瀬さま――」

 そこにニーナが遅れてやって来た。顔の上半分を覆う白銀の鬼面を付け、金糸で昇竜をあしらった黒いチャイナドレスをまとっている。

「魔逢堂に寄って来たか。天馬はなんて?」

「私のデビュー祝いにタダにしてやると――コレを」

 ニーナが差し出したのは仕上がったばかりの龍絶の軍旗である。

 黒地に『月と雲と笹の葉』が白で染め抜かれていた。曲直瀬は約4メートルの旗竿を立てた。

「ついに……」ニーナは感慨深げに軍旗を見上げた。

「これがほんとの旗揚げだ――龍絶――出陣するぞ」


 決戦を目的とした会戦を前にして、総大将の訓示くんじは重要である。

 この日、美髯国は君主・真壁守善が直々に戦場に赴いていた。

 真壁が美髯軍本隊250人を率いる。そしてもう一人、武将歴25年を超えるベテラン武将の鹿山かやま藤三郎とうざぶろうが300を指揮する。そこに傭兵隊200人を加えて計750人もの将兵が運動公園に集まった。

 龍絶はその末端にいた。

 真壁守善が美しいアゴヒゲを揺らしながら登壇して、壮観な軍勢をゆっくりと見渡した。

 その姿は三国志の物語から抜き出したように関羽そのものだった。右手で豪華な装飾を施した青龍偃月刀を突き立てている。

「この戦いはァ! 正しき戦いであるゥ! 我が美髯国を脅かす箕笠国の暴挙を……断じて許すわけにはいかんッッ!!」

 という言葉から訓示は始まった。拡声器なしでも真壁の声は響き渡る。その深みのあるバリトンは聴く者の胸の内を震わせるような情感に満ちていた。

 だが、曲直瀬は大あくびをして右から左に聞き流している。

 そのとき、曲直瀬の隣にいたツンツンヘアーの青年が小さく笑った。

「ハハッ……ちっちぇえな」

 その青年はもはやボロキレとなったマントに身を包み、その頬には十字の大きな刀傷が残っている。が、なんといっても背中に負われた巨大な両手剣・バスタードソードが目についた。


 大国の正規兵でもない限り、兵装は自由である。特に傭兵ともなれば実用性以上にコスプレ要素を盛り込む人間も少なくない。戦場は手柄を立てる場所には違いないが、自分を売り込む場所でもある。目立つ衣装は効果的な手段といえた。


「小さい?」曲直瀬は眉間に皺を寄せて演説に熱を込める真壁守善をジーっと見つめる。「190センチ以上はあるように見えるが……」

「ハハッ……そういうことじゃねえ――夢の話だ!」

「うん?」

「群雄ならテッペンを目指すべきだ。そう思わねェか? アンタも!」

 そのとき、決め台詞のように声を張ったツンツンヘアーの青年に向かって、ニーナが青龍偃月刀の刃を向けた。

「こんなナリでも我が主君……無礼な物言いは控えてください」

 しかしツンツンヘアーの青年は物怖じもせず、挑戦的な笑みを崩さない。

「オメェ……強そうだな! こんなちっちぇえオッサンに仕えてないで、俺の仲間になれよ! そして一緒に目指さねえか!? 天下をッッッ!!」

「……は?」

 ニーナは静かに闘気をにじませる。と、曲直瀬は高らかに笑った。

「ハッハッハ! まぁ待て、鬼姫……この凄まじい野心は見どころがある」

 ツンツンヘアーの青年は大きくマントを翻し、目の前で拳をにぎった。

「野心じゃねえ――夢だ! なんたって俺は星凪の覇者になる男だからな! そのために一騎当千の猛将や天才軍師を仲間にしなくちゃならねェ……夢は待っちゃくれねェからな!」

「気に入った! お前、うちに来い。我が龍絶は勇者を求めている!」

 ツンツンヘアーの青年はハハッと笑い、黒い着流し姿の曲直瀬の姿を一瞥した。

「俺は誰にも従わねえよ。俺が天下を従えるんだ!」

 ツンツンヘアーの青年はそれだけ言い切ると、曲直瀬から視線を外してワイヤレスイヤホンを付けて背を向けた。そのままどこかへ去って行く。

「キミ、待ちなさい! 名前は!?」

「そのうち天が教えてくれるさ!」

 曲直瀬はツンツンヘアーの青年の背中を見て何度もうなずく。

「ううむ……気骨も凄まじいぞ。ますます欲しくなった。ニーナ、あれはきっと逸材だ。見た目も少年漫画の主人公っぽいしな。決めた、召し抱える」

「あの、曲直瀬さま」

「なんだ? 金の話か?」

「いえ……あとでいいです」


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