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ランス・ランス・エヴォリューション

旗揚げ篇 その7

 おれの覇道を――と言われて比賀宮が連れて行かれたのは、あやしげな雑貨屋だった。

 竜胆区のはずれにある古い商店街の一画に、その雑貨屋『魔逢まおう堂』はあった。

 店頭には洋の東西を問わずさまざまな武器防具がカゴに雑に積まれている。甲冑用のひもや無地の旗指物はたさしものなど、合戦にまつわる道具が棚にひしめいていた。

 他にもさまざまな種類の包丁や雪平鍋やおたま、蚊取り線香、剣先スコップ、トンカチなどの日用雑貨も取り揃えており、通路は一人通るのがやっとだった。


「らっしゃい! らっしゃい! ただいま閉店セールで全品半額だ! 安いよ!!」


 店先でハチマキを巻いた小太りの男が手を叩いて通行人に呼び掛けていた。腰には『魔』と藍で染め抜かれた前掛けを締めている。

「よお、閉店セールだって?」曲直瀬は前掛けの男に声をかけた。

「へい、らっしゃい! って、うわああああ!!!」

 前掛けの男は曲直瀬を見るや腰を抜かして後ずさった。

「まっ、まっ、まっ、曲直瀬ッッ!? オメェ生きてやがったのか!?」

「幽霊でも見るような顔しやがって」

「幽霊みたいなもんだろ! 今ごろ何しに来やがった! この疫病神!」

「性懲りもなくまた閉店セールか? なんど閉店すりゃあ気が済むんだこの店は。飲んだくれオヤジは元気か?」

「オヤジは肝臓やって去年死んだよ。この十年、酒の量が増えてたからな」

「そうか……」

「そうだ! 死のとこでオメェを呪ってた! 曲直瀬惣介には何も売るなって遺言だ。帰れ!」

「ふーん。邪魔するぞ」

 曲直瀬は前掛けの男を無視して店内に入った。

 店内の棚にはさらに多くの種類の武器がかけられていた。手書きの値札には赤い文字でゼロがいくつも並んでいる。

「あの……この店は」比賀宮は呆気にとられながら言った。

龍絶りゅうぜつ御用達の店だ。この男は天馬てんまつかさ。高校の時の同級生だ」

 曲直瀬はそばでわめく天馬をまたも無視して商品の品定めをしていた。

「御用達じゃねえ! オメェが勝手に店のモン持って行ったんだろうが! なにがツケは国宝で払うだよ! 瓦一枚持ってこねえじゃねえか!」

「天馬おまえ……太ったか?」

「痩せたんだよ! 何年も店の建て直しに苦労して……大変だったんだぞ!」

「そうか。今日は武器と防具を探しに来たんだ」

「俺の話聞いてたか!? 帰れって言ってんだよ!」

「ツケで頼む。国宝で払うからさ」

「お前はそうやっていつもいつも……クソッ、何が欲しいんだ!?」

「盾と手槍だ。軽くて取り回しのいいヤツが欲しい」

「なんだって? お前が使うのか?」

「まさか。この比賀宮くんだ。うちの兵士だ」

 どうも、と比賀宮は照れ気味に小さく会釈した。

 天馬は比賀宮の頭からつま先まで視線をすべらせ、サッときびすを返して店の奥に消えた。そして盾と槍を持ってすぐに戻って来た。


「コレなんかどうだ? ズールー族のインピセットだ。いいぞ~」


 それは30センチほどの穂先と、1メートル20センチほどの柄のシンプルな槍だった。そして1メートルほどの楕円形の革の盾である。どちらも軽量だが強度は申し分ない。

「ズールー族の戦士インピはな、近代イギリス軍を撃退したことで有名だ。銃火器を配備した屈強なイギリス軍をな、槍と棍棒と盾だけの白兵戦でぶちのめしたんだ。強いぞ~」

 天馬は先ほどとはうって変わってご機嫌な様子で語った。

「比賀宮くんだったな? ちょっと試着してみるか!?」

 久々の客なのか、天馬は有無を言わさぬ勢いで比賀宮にズールー族のインピセットを押し付けた。だがいざ着用してみると、線の細い優男のせいかいかにも頼りない。

「ううむ……いける……か?」曲直瀬はアゴを撫でながら首を傾げた。

「相変わらず目ェ腐ってんな曲直瀬。どう見ても屈強な戦士だろ」

 天馬は腕組みをしながら得意げに言った。

「ほんとですか? コレが!?」

 いぶかしむ比賀宮に対して、天馬はフッと短く笑って答える。

「比賀宮くん、我々人類はどうやって繁栄したと思うね? 強力な牙も爪もなければ皮膚を守る体毛もほとんどないサピエンスが、他の生物より優位に立てたその理由は?」

「えぇ……えー、ち、知能ですか?」比賀宮は無難なことを言った。

「半分正解だが、もう少し欲しい」

「じゃあ……仲間と連携を取るチームワーク?」

「きみは聡明だ。だが、あと少し」

「わ……わかりません」

「フッフッフ……答えは“射程”だよ」

「射程?」

「そう、か弱い人類が他の生物に勝てたのは遠距離攻撃を発明したからだ! 牙や爪では攻撃にリスクを伴うからな。まぁ、おそらく最初は投石だっただろう。それが槍投げになり、弓矢になり、やがて銃火器、果ては大陸間弾道ミサイルにまで進化した」

「な、なるほど」

「だがしかし、星凪には遠距離武器の使用に制約がある。火縄銃以降、歴史上に登場した火器を禁止しているのは小学校で習ったな?」

「はあ……」

「つまり星凪における最強の武器は弓矢だ……が、致命的な問題がある。それは使いこなすには技術がいるってことだ。いくら最強の武器でも使えなきゃ意味がない。じゃあ我々にとって最高の武器とはなにか? それはズバリ! 槍ッ! 槍だッ! 槍はいいゾ~、突いてヨシ、斬ってヨシ、払ってヨシの三方ヨシだ。使うのに熟練が要らないから初心者でも安心かつお手軽に強い。しかも安いうえに手入れもしやすく保管もしやすい! これこそまさに八方ヨシ! そんなに最高な槍の中でも特にオススメなのが――」

 と、鼻息荒くノラ講義に興じる天馬だったが、曲直瀬は冷めた表情で背を向けた。

「じゃ、コレもらってくぞ」

「おい待て! ドロボウ!」

「まだ何かあるのか?」曲直瀬は心底迷惑そうな顔をした。

「支払いがまだ……うううう……クソ! もってけ!! 久々の再会記念だ!」

「ふはは、素直じゃねえのは親譲りだな」

「うるせえ。それはともかく……オメェが戦うってことは、あの仮面の子はニーナちゃんか」

「大きくなったろ。おれも驚いた」

「さぞかし綺麗なんだろうな。あ、それより曲直瀬……形見は見つかったか?」

「いや……」

「俺も探したんだよ。でも手がかりすら掴めねぇ。心当たりはあるか?」

「さぁな……いずれ戻って来るだろ。追えば逃げる。アレはそういうもんだ」

 曲直瀬と比賀宮はズールー族のインピセットをたずさえて魔逢堂を出た。

 比賀宮は自分の新しい装備よりも、先ほどの曲直瀬と天馬の会話が気になっていた。

「あの、曲直瀬さん。答えなくてもいいんですけど……形見って……」

「嫁さんだ」

「えっ、結婚してるんですか!? でも形見ってことは……」

「その話もいつかしてやるよ。今は戦いの準備だ」

 そういって前を歩く曲直瀬の背中が、比賀宮にはいつも以上に弱々しく見えた。


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