機動戦と消耗戦、いやプレイスタイルの話
旗揚げ篇 その6
翌日、曲直瀬と比賀宮は『竜胆区』にやって来た。
竜胆区は文字通り星凪市の心臓であり、ここをターミナルとして路線バスや電車が走っている。
街でもっとも発展した地区であり、地図上でも中心部に位置する。多くのテナントが入った商業ビルが建ち並び、飲食店で街路はにぎわい、全面ガラス張りの星凪市役所には多くの出入りがある。
中でも星凪市のシンボルとなっているのは葛ノ葉国の居城・籠女城――。
上空から見たその構造は六芒星そのものである。
星型を形成しているのは稜堡と呼ばれる陣地構造のためであり、そこにはそれぞれ天守閣と見まがうほど立派な砦が築かれている。
最も外側にある城郭には深く巨大な濠が作られ、それも六芒星を象るように囲んでいるため、侵攻するのは至難の業といえた。
唯一、市街地とつながっているのは星の各先端部にある橋であるが、いずれも堅牢な櫓門で守られている。
籠女城は少しずつカタチを変えながら、千年のあいだずっとその場所にそびえ立っていた。
石垣の上で星凪市を見下ろす勇壮な大天守はまさに悠久の支配者の象徴であり、絶対不可侵の領域だった――十年前に羅睺が現れるまでは。
「でっかいなぁ……」
曲直瀬は遠目に籠女城を見上げた。すべての櫓門に厳重な警備体制が敷かれている。
さて、葛ノ葉国は濠の内側のみを領地としている。
葛ノ葉第壱王国をはじめとする六つの王国は、衛星国ではありながら、その勢力は葛ノ葉王朝のほとんどを占めており、国家の肉体と言っても過言ではない。
すなわち龍帝を頂点とする葛ノ葉国は象徴的な権威そのものといえた。
「あの……覇道ってことは、籠女城を落とすってことですか?」
「結果的にそうなる」
「十年前の……羅睺の変を憶えていますか?」
曲直瀬は無言でゆっくりと隣の比賀宮に顔を向けた。
「羅睺は劫火の七人とともに旗揚げしたその日に柊城を落としました。そして千剣破国を興したあと、たった一週間で葛ノ葉第参王国を廃国に追いやり、一ヵ月後にはこの籠女城に攻め込んだ。最終的に羅睺は敗北しましたが、限られた資源と兵力を絶妙なタイミングで最大限に活用したアレこそが最善手なのでは――と、ぼくは思うんですが……?」
曲直瀬はふたたび籠女城に目を戻した。
「比賀宮、戦国シミュレーションゲームはやったことあるか?」
「いえ、ゲームはあんまり。でもアレから武力の数値化制度が導入されたって聞いてます。合戦にエンタメ要素を盛り込むことで戦意高揚を図ったとかいうハナシでした」
「うむ。そのゲーム的に言えば、羅睺は開始一ターン目から隣国に攻め込むようなプレイスタイルだったワケだ。効率重視のゴリゴリ合理プレイだ」
「なるほど。たしかに羅睺は機動戦の名手だったと思います。一度の侵攻が国内に及ぼす影響を計算に入れて、巧みに敵勢力をコントロールしながら籠女城まで攻め込みました。その戦略の全容が明らかになったのは、羅睺の敗北から一ヵ月以上経ったあとだと言われています」
「さすがに詳しいな」
「調べました。フリーターなので時間だけはありましたから。で、羅睺の機動戦を可能にしたのは劫火の七人の独立性によるものだとぼくは考えています」
「というと?」
「それぞれが独自の判断で動いていたんじゃないかと。でも好き勝手やってたワケじゃなくて、羅睺の強力なリーダーシップのもと、道は違っても同じ方向を見ていた気がします」
「へぇ……」
「あっ、すみません兵卒が偉そうに! と、とにかく羅睺は合理性の塊でした」
「そうだな。でもおれは、そういうんじゃないんだ」
「ん?」
「おれはな、のんびり内政がしたいワケだ」
「内政……?」
「少しずつ着実に戦力を増やし、満を持して他国に攻め込む。そのための人材を集め、兵を調練して、国を豊かにしたいのさ」
「否定はしませんが……そんなんで勝てるでしょうか」
「羅睺は負けたぞ」
「それは……」
無機質な事実を突きつけられ、比賀宮は言葉を飲んだ。
「ともかくだ。おれは羅睺とは違うやり方で行く。おれの覇道をな」