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軍議はドリンクバー付きで

旗揚げ篇 その5

※ここから三人称となります

 比賀宮ひがみやゆうは――戸惑っていた。


「これから軍議をするぞ!」

 と、曲直瀬から誘われて向かった先が近所のファミレスだったからである。


 時刻はバイトの夜シフト上がりの午後九時過ぎ――。

 曲直瀬はテーブルに着くとすぐにメニュー表を開いてうんうんと頭を悩ませ始めた。

 初給料までまだ日にちがある。いかに安く、いかに腹を満たせるか、と考え抜いた結果、龍絶りゅうぜつの頭領はたまご雑炊に鋭い視線を向けた。

「あの……おごりましょうか?」

「却下。兵卒におごられる君主なんて恥ずかしいだろ」

「もう恥ずかしいんですが……」

 メニューを開いて約15分。たかが夕食を決めるのにどれだけ深刻な顔をするのか。

 比賀宮は早くも君主選びを間違えた気がした。

「で、軍議ってことですけど……議題は?」

「うーむ。何か意見は?」

「えっ、丸投げ!? えーっと……まずセオリー的には戦力分析ですけど……今の龍絶は君主が一人、武将が一人、文官が一人、そして兵士が一人ですよね……喫緊きっきんの課題は戦力の増強だと思いますが、数値目標とかあるんですか?」

「うむ。武将級をあと二人、兵士を50人。まずはそのぐらいか」

「そこはスカウトするしかないですね。浪人たちに直接声をかけるか、武将求人サイトの『めしかかえドットコム』を利用するか……どのみち将兵を召し抱えるのに大金がいります。その調達法は?」

「各地を転戦してまとまった金を稼ぐ。あとバイト」

「だいぶ甘……いえ、長期計画ですね……フツー旗揚げってスポンサーを募って人を集めるのが常識じゃあないですか。たった三人で旗揚げなんて、よほどの策があるのかと」

「策?」

「ぼくはてっきり獅群さんから城をもらうのかと思ってました」

「ああ、あの金髪そんなこと言ってたな」

「どうして断ったんです? 城があれば国をおこせます。曲直瀬さんの覇道だってグッと加速するじゃないですか」

 曲直瀬は比賀宮をジっと見つめた。

「もしあいつから城をもらったら世間はおれたちをどう見る? イメージの話だ」

「イメージ……あー、炎国の飼い犬?」

「そういうこと。最初から誘いは断るつもりだった。鬼姫ニーナは高嶺たかねの花。金銀財宝では動かせない。世間にそう思わせた先に生まれるモノがある」

「それって……」

「ブランドだよ。強い手札をより効果的にするためにはハクを付けなきゃならない。いま鬼姫の名前でニーナは戦場デビューを果たしたワケだ。次はキャラクターイメージと物語のあるバックグラウンドとタレント性と……フッフッフッフッフ」

「あの、曲直瀬さんって傭兵隊の頭領ですよね……これじゃ芸能マネージャー」

「弱小組織は何でもやるんだよ! ブランドが出来れば行動に意味が生まれるからな」

「意味って……?」

「いずれ話すよ。まずはコレを渡しておく」

 そう言って曲直瀬はテーブルに一枚の木札を置いた。

 それは縦5センチ、横3センチ、厚み8ミリほどの長方形の白い木札である。その上部の縁には鬼のレリーフが施され、意匠いしょうを凝らした札の中央には親指大の空白がある。

「あ、龍絶から支給されるにえ札ですね。頂戴します」

 比賀宮は木札を取ろうとした。が、曲直瀬は指で押さえて離さない。

「あの、取れないんですけど?」

「ところでさァ……この贄札……いくらすると思う?」


 さて――星凪市は千年間も群雄割拠の戦国時代が続いている。

 そんなに戦っていて街の人口はゼロにならないの? という素朴な問いへのアンサーは、小学校1年生の社会の授業でまず学ぶ。


 その答えが――『贄札』である。


 贄札は所有者が死亡した時に身代わりとなり、真っ二つに割れるのである。

 たとえ即死でなくても重傷を負った時や、指や腕の欠損など、本人の意識があるうちに自身や第三者が札を割ることで肉体を復元することができるため、戦場はもちろん日常生活でも常に携帯するのが常識となっている。

 贄札を機能させるには、中央の空白部分に自分の血を塗る必要がある。

 たいていは親指を刃物で切っておこなうが、星凪市の100円ショップには専用のペン型突出針が売られており、コレを使う者はヘタレである、との共通概念が小中学生のころから醸成されていく。

 贄札に血を塗る行為を『血納ちおさめ』といい、効果はその贄札が割れるまで続く。


「贄札の値段……?」比賀宮はおそるおそる答えた。「五千円ぐらい?」

「うつけもの!」

「ええ!?」

「いいか、おれが一ヵ月バイトしてやっとこの一枚が買えるんだ。忘れるな」

「そ、そうなんですか? 気にしたことなかったな……」

「じゃあ今日覚えて帰ってくれ」曲直瀬は指を離した。

「はぁ……この雑兵札が給料ひと月分……命の値段ですか」

 比賀宮はようやく手元に来た贄札をまじまじと見つめた。


 俗に『雑兵札』と呼ばれるソレは、一般兵士に支給される贄札である。役所で申請すれば無制限に購入することができ、個人の生涯において無制限に使用できる。

 いっぽうで『武将札』と呼ばれるワンランク上の贄札があり、それには龍のレリーフが彫り込まれている。使用法は雑兵札と同じだが、生涯で三枚しか使用できない。この贄札がなければ国家所属の武将として一軍を率いることが認められない。

 そして最上ランクが『君主札』である。日月じつげつ星辰せいしんをモチーフにしたデザインで、他二枚よりも価格は跳ね上がる。生涯で一枚しか持てないため、君主として国盗り合戦に挑戦できるのは一生に一度きりとなる。もし戦場で奪われれば人質と同様の価値があった。

 すべてのチャンスを使い果たせばイチ個人は雑兵として戦場に埋没するしかなく、資金を使い果たしたイチ国家は雑兵札を買えずに滅亡する。それがこの街における末路である。

「いくら雑兵でも、そうカンタンに死んでもらっちゃ困るんだよ……イテテ」

 曲直瀬はたまご雑炊をすすった。獅群との戦いで口の中を切っていた。

「とりあえず、比賀宮の装備をととのえようか」


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