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試用期間の終わりに

旗揚げ篇 その4

 ぼくたち三人は店の路地裏に移動した。ビルで切り取られた四角い夜空には朧月が浮かんでいる。距離を取って対峙する曲直瀬さんと獅群はどちらも素手だ。

 ぼくは緊張して息が止まりそうだった。

 ようやく曲直瀬さんの実力がわかる。戦場でも常に平常心を保ち、あの獅群の闘気を浴びても一切表情を変えなかったヒトだ。

 ぬるい風が吹いた。遠くで街の喧騒が聴こえる。

「知ってるか、次元の違う相手の強さは認識できないそうだ。お前、本当にやる気か?」

 獅群は軽く拳を握って身構えた。曲直瀬さんはただ普通にボケーっと立っている。

「おう、いいぞ。どこからでも打ち込んで来い」

「余裕だな? そんなに強いのか?」

「うーむ、おれが思うに上の中……」

「井の中の蛙どころか、水たまりのボウフラかテメーは」

 そうか――曲直瀬さんのこのオラオラぶりは、獅群を怒らせて戦闘を有利に進めるつもりなのだ。

 かの巌流島の決闘で大遅刻して佐々木小次郎を怒らせた宮本武蔵のように――。

「四の五の言わずに早く来い。夜風が冷えて来た。風邪ひく」

「ナメやがって……お望みどおり一瞬で終わらせてやるよ」

 案の定、獅群は不用意に踏み込んだ。

 と、思った瞬間には曲直瀬さんの間合いに入っていた。

 さあ、ここからだ。

 獅群は正面からまっすぐ拳を打ち込んだ。小細工のない、シンプルな一撃だ。力量を計るのではなく、この一撃で決められるという確信に満ちあふれていた。

 曲直瀬さんはどう出る――?

 なんて考えるよりも速く、獅群の一撃は顔面にクリーンヒット。

 ぼくの真横を通過して何メートルも後ろにぶっ飛ばされていた。散乱したビールケースに埋もれて鼻血を垂らして意識を失っている。

 唖然とするしかなかった。なんだこのヒト。

「なんだコイツ……弱いにも程があるッッッ!!! ふざけるな!」

 獅群は自分の拳を確かめ、怒りに任せて吼えた。

「チッ……何にせよ俺の勝ちだ。おい、そこのお前!」獅群がぼくに言った。「コイツが逃げねえようにお前が証人になれ! いいな!?」

「あ……いや……」

「何だ? トンズラこくつもりか?」

 ぼくは何も答えられなかった。なぜなら獅群の背後に抜き身の短刀を持った織幡さんが立っていたからだ。白銀の鬼面を付けてはいるがスカートスーツ姿の織幡さんが、背中越しに獅群の首筋に短刀の刃を当てていた。


「獅群兜太――この勝負、あなたの負けです」


「フン……ここでお出ましか、鬼姫」

「曲直瀬さまから言伝です。お前は戦場にあって戦場を忘れた。だがこのことは黙っておいてやる。これで一つ貸しが出来たな――だそうです」

 獅群は顔色を変えず、眼球だけ動かして背後の織幡さんを見やった。

「私は今日、少し遅れて来るよう申しつかりました。私の不在を知って龍絶を侮った獅群兜太は兵を引くだろうから、あとは闘気をたどってここに来いと。そして、闘気が途切れた瞬間に背後を取れ――。以上です」

 獅群はくつくつと低く抑えて笑った。

「そういうことか……たしかに、ジローを帰したのは俺の判断ミスだ。最初に兵で包囲すれば威圧できると踏んでいたが、そこにはお前たちへの侮りがあった。認めよう。だが、この状況でなお俺の負けってのは納得がいかねえな」


「私が来た――それ以上に理由が?」


「これでもか……?」

 獅群はさっき部屋の中で見せた闘気の渦よりも何倍も凄まじい闘気を放った。

 アレでもかなり抑えていたらしい。さすがは金獅子。曲直瀬さんは織幡さんを武力90前後だと言ったが、役所が判定した獅群の公称武力値は91だ。


 星凪市ではよく『武力90の壁』なんてことを言われる。

 武将になれば役所が判定して公称される武力値だが、その多くが60~70台をウロウロしていて、80を超えればどの国でもエース級だがそれなりに数は多い。

 で、問題は90台だ。このステージから急激に人数は少なくなる。そして武力90以上は数値1の差がとてつもなく大きい。武将チップスのウルトラレア以上のカードのほとんどがこの武力90以上、すなわち一騎当千クラスの武将になる。

 ちなみに、民間にも武力判定会社があって、そこでも数値の計測をやってくれる。実績のある会社ならそれなりに高額だが、非公式でも精度は高いため履歴書に書いても効果を発揮するっていう寸法だ。もちろん、本人の武力が高くないと意味がないが。


「やれやれだ鬼姫……ちょっと試してみるか」


 獅群はそうつぶやくと、首筋に当てられた刃とは逆方向に回転して、その勢いのまま織幡さんに裏拳を繰り出した。小さな円の軌道はコンパクトだが凄まじい威力を持つ。

 織幡さんはそれを咄嗟にしゃがんでかわした。しかし獅群は回転の余剰を生かした素早い蹴りを放ち、右手の短刀を遠くに弾き飛ばした。織幡さんはひとっ跳びで距離を取り、右手の痛みを確かめる。

「噂通りだ。が、それ以上じゃない」

 獅群はすかさず追撃のために間合いに飛び込んだ。

 金獅子と鬼姫の、徒手空拳の攻防だ。

 拳を包む闘気が紙一重で交差するたびに小さな渦を巻いた。空を切り裂く音が走る。その凄まじい応酬は一見互角に思えるが、獅群の表情には余裕が見える。

 猛者同士の武力1の差は大きい。この戦い、確実に勝てる見込みは――。

「さすがは獅群兜太どの」織幡さんが言った。「夜明けまで続けますか?」

「それもいいが、朝日を拝めるのは俺だけだな。二人じゃないのが残念だ」

「でしょうね。ですが、その時はあなたの負けです。その意味はおわかりでしょう」

 織幡さんは何を言っているんだ? まったく意味がわからない。

「ああ……俺の負けだな、こりゃ。借りを作っちまった」

 獅群は唐突に腕の構えを説き、完全に闘気を解いた。織幡さんも戦闘モードを解除する。

「ご理解いただけたようで」

「曲直瀬が誘いを蹴った瞬間、ヤツのにえ札を奪ってお前を脅迫するのが正解だった。そうしないと値踏みされたのは俺のほうだ。お前のご主人サマ……とんだ食わせモンだな」


 ぼくはやっと得心した。

 これは『戦い』なのだ。『闘い』ではない。


 獅群は両手をポケットに突っ込み、挑発的な微笑を浮かべた。そして踵を返す。

「鬼姫――必ずまた口説きに行く。今度はジェントルにな」

 獅群の背中がそう言って、彼は夜の街に消えた。

「――曲直瀬さまッ!」

 織幡さんは鬼面を取るやいなや、ビールケースに埋もれた曲直瀬さんを抱き起した。クールに獅群と対峙していた彼女がなんとも不安げで、年齢よりも幼い顔つきになった。

「あの……大丈夫なんですか……?」

 ぼくはおそるおそる尋ねた。織幡さんは曲直瀬さんに膝枕をしてやり、顔を近づけてその呼吸を確かめている。しばらくして織幡さんが顔を上げた。

「大丈夫、生きています」

 織幡さんの言うとおり、曲直瀬さんは鼻血を出しながらも穏やかな寝息を立てていた。織幡さんはハンカチで曲直瀬さんの鼻血を優しくぬぐう。

「ご覧のとおり、曲直瀬さまは虚弱なのです。肉体は日常生活がやっと。本来なら合戦などもってのほかです。少しでも負担を減らすべく甲冑は身につけません」

「それで着流しと竹光を……?」

「鋼を持つことも負担になりますから」

「そうだったんですか……」

「ところで比賀宮さん、どうして獅群どのが身を引いたのかおわかりですか?」

「えっ、ええと……」とつぜんの問いにぼくは戸惑ったが、なんとか言葉を探した。

「たぶん……これがただの私闘だから。覇を争う戦いじゃない……のでは」

 そう、獅群が目的を果たすためには曲直瀬さんをとことんまで追い込んで認めさせる以外に方法はなかった。なぜなら織幡さんは曲直瀬さん以外の誰にも仕えないからだ。

 なのに、獅群は織幡さんと極めて限定的な私闘に甘んじてしまった。たとえ獅群が織幡さんに勝ったとしても、それはケンカに勝ったに過ぎない。

 つまり曲直瀬さんとは最初から勝負になっていなかったのだ。

 これが器の差か――と思ったが、曲直瀬さんのまぬけヅラを見て考えをすぐ改めた。

「比賀宮さん――採用です」

「え? さ、採用!?」

「実は、比賀宮さんの試用期間の満了時期は私に一任されていました。そもそも私はあなたを加えることに懐疑的だったのです。龍絶の戦いを理解し、ともに歩んでくれるかどうか……ですが、ご存じのとおり龍絶は人手不足です。このさき私が戦っている時に、曲直瀬さまをお守りする方が必要……」

 織幡さんはぼくの顔を正面から見つめた。とても澄んだ瞳だった。

「あなたにお任せしてもよろしいですか?」

「――お、お任せください!」

 こうしてぼくは正式に傭兵隊・龍絶の一員になった。

 もちろん身分は――雑兵だ。


ここまで一人称でしたが、本人の試用期間が終わったので次回から三人称となります。

少し変わりますがよろしくお願いします。

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