人形坂の戦い
群星連盟篇 その7
人形坂――葛ノ葉第肆王国の東端に位置する地名である。
千年前、星凪の地で暴れた八つの首を持つ悪龍を討伐した善龍と七匹の鬼の伝説。
その一節にある、悪龍を欺くために土人形の軍隊を置いたという逸話が由来となっている。
群星連盟はこの人形坂で緒戦を飾るべく、炎国の領内にある水祝公園の広場に集った。
各国からは名うての武将と100~200の兵士が派遣されていた。
連盟軍の総大将は『蒼炎の女公』佐々良了子。
そのわきを『金獅子』獅群兜太と『うつぼ』冠城干城が固める。冠城は炎国の前身である金剛国時代から佐々良家に仕えるベテランの武将である。
今回の戦では、盟主である炎国は600の兵を出していた。
連盟軍の陣営に龍絶が遅れてやって来た。
「やー、すまんすまん。評定が長引いてな」
そう言って何度も手刀を切りながら、蜘蛛の文様を染め抜いた黒い着流しに黒い手甲と藍染めの長い首巻をした曲直瀬が幕舎の自分の席につく。
次にズールーのインピセットの比賀宮が緊張気味に続く。
そしてチャイナドレス――ではなく、黒いミニスカメイドのコスチュームの織幡新菜が、まさに鬼が持つような巨大なトゲつき金砕棒(長さ1メートル30センチ)を担いであらわれた。
獅群は床几に腰を掛けたまま、ぽかんと口を開けた。
「鬼姫……どういう了見だ?」
「お気になさらず」鬼面のニーナの口元は平静を保ったままである。
遡ること一時間前――曲直瀬の自宅アパートにて。
曲直瀬もまたぽかんと口を開けていた。
ニーナが見慣れぬメイド衣装をまとっていたからである。
ニーナは呆然としている曲直瀬をよそに、タブレットを開いてプレゼンを始めた。
「まずはこちらの資料をご覧ください。戦場におけるコスチュームの固定化がもたらすデメリットと変更によるメリットおよび波及効果についてまとめました」
「待て! 買ったのか!? 買ったんだな!?」
曲直瀬を無視してニーナのプレゼンは20分も続いた。
「つまり、イメージの固着は武名に付随した威圧効果以上に、敵に十全な警戒を与えてしまうことが結論づけられます。チャイナドレスと青龍偃月刀はすでに十分な成果を収めたといえ、ここでメイド服に変えることで敵の意識を攪乱し、不本意ですが視線誘導の副次的効果も見込めます。まさに正の中に奇を生じさせるのです。視覚情報の有用性は曲直瀬さまもご存知のはず」
「ぐぬぬ……涼しい顔してノリノリじゃねえか」
反論しようにも一分の隙も見当たらない。曲直瀬は奥歯を噛み締めるばかりだった。
「で、そのメイド服と金砕棒……いくらした?」
「お金は使わないことが一番の損です」
「おい、いくら使った!?」
「曲直瀬さま、タイムアップです」
ニーナは壁にかかった時計を目で示した。すでに集合時間目前だった。
「あーっ、やりやがったな! これが狙いか!」
「では曲直瀬さま、このメイド服……採用でいいですね?」
「ぬぅぅ……採用だ採用! とにかく準備しないと! 竹光どこだ!」
曲直瀬は支度のためバタバタと奥の部屋に消えた。
ニーナはかすかに微笑み小さく拳を握る。
「……やった……!」
そして現在――連盟軍の幕舎に各国から派遣された武将たちがそろった。
参戦国は以下の七ヵ国――。
炎国――『金獅子』獅群兜太 『うつぼ』冠城千城 『悪僧』童冥
哭陵国――『春将軍』伊庭光臣
連理国――『青百合』美墨玲奈
山名インダストリー――『主任』相楽兵庫
蓬莱国――『鵜の目』梧桐将監
桃花源国――『若公子』桃森伊織
雨来国――二十一代目・雨田十兵衛
出陣前の軍議には、盟主かつ総大将である佐々良了子が登壇した。
群星連盟の初陣となるこの戦いでは完勝を遂げなければならない。
炎国は盟主国として君主が出陣し、最多の兵を出し、諜報にも多くの資金を費やした。
佐々良の傍らで策戦の詳細を語る獅群の口からは重要な情報が惜しむことなく飛び出す。
「我が諜報機関『不知火』が掴んだ情報によると、敵軍を率いるのは沙汰村京平だ」
沙汰村京平――その名が出た瞬間、軍議の場がさらなる緊張に包まれた。
星凪でその名を知らぬ者はいない。著名な武将の一人である。
「沙汰村が相手とは、勝算はあるのか」
蓬莱国の梧桐将監が発言した。目つきの鋭い老将である。人生のほとんどを戦場で過ごしただけに沙汰村の恐ろしさをよく知っていた。
「たしかに難敵だが、勝てない相手じゃない」
「獅群どの、そなたはまだ若い。敵を侮っては」
「分析の結果さ、梧桐どの。俺たちは今、沙汰村を誰より知り尽くしている。ヤツは美学を持つ人間だ。だから美しい戦をしたがる。それはこちらにとって好都合」
「美学だと……?」
「自惚れとも言うがな。それでだ。行軍時と接敵時の陣形を明確に分けておきたい。ただし先備えは盟主国の責任として我ら炎国に任せていただく。加盟国のお歴々には――」
軍議が進むにつれ、勝利への道筋が各国の間でしだいに共有された。同時に緊張感がピークに達する。
いよいよ葛ノ葉という巨大な壁に楔を打ち込む時が来た――。
軍議の最後に佐々良がみなの前で言った。
「第肆王国の武声王・尾頭鷹時は、龍帝の子であることを恃みとする実に傲慢な御仁と聞いております。この戦いで彼の膨れ上がったプライドを食い破って差し上げましょう」
各国の武将たちは出陣に備えてそれぞれの幕舎に戻った。
佐々良は獅群だけをその場に残し、少しリラックスした様子で言った。
「で、獅群……お前はこのメンツをどう思う?」
「君主は雨田十兵衛の一人だけ。他は名代ばかりだ。臆病なのか、信用がねえのか」
「明日にはこぞって私に会いに来るだろう。静観している者たちもな」
「この戦役では織幡新菜を使いたい。いいか?」
「好きにしろ……惚れたんだろう?」
「ハッハ、感謝する。だが佐々良、忘れるな。命が二束三文のこの街で、俺が人生を捧げるのは佐々良了子ただ一人。お前が俺を射抜いたあの日から、獅群兜太はお前のモノだ」
「ふふっ、わかっているよ」




