新妖怪の悩み
暗がりにボウッと佇む人のような一軒のバー。
存在そのものが希薄で目を離した瞬間消えてしまいそうなそんなバー。
路地裏の奥なのもそうだが人間が立ち寄ることはない。そこはまさに隠れ家。
夜も明るい現代社会。恐怖は娯楽。やる気をなくした妖怪たちの集う場所。
ここでは彼らが主役。語らい、時に涙する。しんみりと昔を懐かしみ、そして同じ夜を繰り返す。
と、そこにまた一人の妖怪が訪れた。
「河童さん! ろくろ首さん! 子泣き爺さん! こんばんは!」
その妖怪はカウンター席に座る三人にハキハキと声をかけた。
振り向き、目をぱちくりさせる三人。
今時珍しい、好青年のような挨拶をした妖怪に面食らったのもそうだが
戸惑ったのはそれだけが理由ではない。
「……あー、あんた、誰だい?」
「僕、ブペバピポです!」
「ブ、ブベパ?」
「ブペバピポです!」
「紛らわしいねぇ……それであたしらに何かようかい?」
「ようかい、妖怪、ふへへ」
「子泣き爺、お前……」
「はい! 実は僕、最近生まれた妖怪なんです! なので
大先輩の御三方にアドバイスを頂きたく参りました!」
ブペバピポの真っ直ぐな瞳に三人は思わず噴き出した。
「はははは、まったく冗談キツイよ、あたしらからアドバイスを?」
「まったくもって愉快愉快じゃ」
「そうそう、隠れ潜んでいるだけの俺らに?」
「いやいや御三方ご謙遜を! 事実、御三方は有名妖怪。
今更、人を驚かさなくても忘れられ、消えることはない。
いわば殿堂入りじゃないですか!」
「ふふふ、まあねぇ……漫画だのゲームなんかにも何回か出演したことあるしね」
「雪女に比べればカスみたいなもんじゃがのう」
「しぃ! 子泣き爺、し!」
「それに比べて僕は……うう、忘れられたらそれまでなんです」
「まあ、わかるよ。これまでも生まれたと思えば消えていった奴らはいるしねぇ」
「口裂け女のようにうまく定着するのは難しいからのぅ」
「んで、お前はどんな妖怪なんだ?」
「はい! 僕はおなら妖怪です!」
「へ?」
「屁だけにか? ひひひ」
「子泣き……」
「僕は、あ、見せたほうが早いですね」
「おいおい、ここで一発ぶっこくのはやめておくれよ?」
「そうじゃ……はうわ! あああああああ!」
「くっせ! おい爺! お前が屁をこくのかよ!」
「ふん!」
「やめな! 臭い!」
「違、違う、ワシは、はあううううううう!」
「こ、これはまさか……」
「そう、僕の領域内にいる者に問答無用で屁をこかせる。
これが僕の能力『腸空間の支配者』です」
「大層な名前まで……」
「超と腸をかけはあああううううううううんんん!」
「やめろ!」
「と、いう訳なんですけど……どうでしょうか?」
「すごいはすごいけど怖いかと言われるとねぇ……」
「い、いや、恐ろしいぞ、ケツの穴が熱い……」
「ああ。実際、恐ろしいな。大事な局面、それも思春期の男子
いや、女子がその技を食らったら……」
「はい。事実、僕もそうやって生まれたんです。
生徒会長選挙演説、テスト中、好きな子に告白しようという時、電車の中
エレベーター内、会議中などなど絶対におならをしてはいけない場面。
何十、何百もの人間のその恐怖心が集合し、僕という存在を作り上げたのです!」
「なるほどねぇ……確かに考えてみれば恐ろしいわ」
「ああ、そうじゃのう、しかし、何が不満なんじゃ?」
「お前も姿を消したり出したりできるんだろ?」
「はい……人に気づかれずに能力を行使できるんですが……。
でもそのせいで僕の仕業と思われないんです! 他にもできることがあるのに……」
「他? 屁以外にもかい?」
「いえ、屁だけです。むむむむむ」
「お、おい、まさかまたワシに……はわあああああああああ!」
「子泣き爺! おい、お前何した!」
「目、目があああああああ」
「目から屁を出しました。他にも」
「うぎいいいいい鼓膜が!」
「へえ、穴というか隙間から出せるわけかい」
「感心している場合じゃ、鼻ああああああ! ウップゥ! アップゥ!」
「おっかねえな……ああ、口からも」
「いや、今のはワシのゲップじゃ」
「爺……」
「しかし、顔がヒリヒリするわい、このワシをここまで……これは相当強力じゃぞ……」
「んで、あんた十分すごいじゃないか」
「はい……でも認知されなくて……」
「ん? お前、まさかずっと姿隠したままか?」
「え、はい」
「あっはっはっは! それじゃだめだよ。ちょっと姿見せるのがコツさ」
「そうじゃそうじゃ、こっちを見た相手が悲鳴を上げたらサッと消える」
「ま、そういうこと。何回かやればタイミングがわかるようになるさ」
「な、なるほど! そうでしたか! 僕、やってみます! 必ず有名になります!
ありがとうございました!」
「あ、ふふふ、お、速いねぇ。いいね、若いって」
「そうじゃのう。ワシも頑張ろうかのう。しかし力み過ぎないと良いがのう、屁だけにな」
「爺……」
「えー、ですのでこの度の問題には責任を痛感しておりますが
私が責任を取ればいいというものでもな……」
「……?」
「どうされたんです?」
「何を黙ってるんですかぁ!」
「何か言ってくださいよぉ!」
「ん? 顔が真っ赤、だ、大丈夫ですか?」
「はうわ! あ、あ、あ、あ、あぶぶび、ば、ばばあああ!」
「ひ、きゃあああああ!」
「は、破裂!」
「そ、総理!」
「爆弾!? テロか!?」
「あ、何だあれは!」
「消えたぞ! 幽霊!?」
「怨霊だ! 国を憂いて出てきた怨霊だ!」
「へひあああああああ!」