96:抱きつきたい衝動
「あー、すまないな、魔術師さま。魔術師さまが乗ってきた馬、どうやら刺客が潜んでいた建物に、置いてきてしまったようだ」
マルクスが悪びれもせずそう言うと、レオナルドは絶句していた。
「あそこはこの旅籠から相応に遠い。別途迎えに行かせるから、今日は馬車に乗って欲しい」
レオナルドがマルクスのこの言葉に何かを言おうとしたその瞬間。
「マルクスがうっかりしてしまったようで、申し訳ないです、魔術師様。必ずあなたの名馬は、取り戻します。このミゲルが剣の騎士の名にかけ、誓います」
するとそこにアルベルトも現れ……。
「魔術師レオナルド、三騎士の失態はわたしの責任。王太子の名にかけ、あなたの馬を必ず送り届けます。今日のところは馬車でお願いします」
そう言われたレオナルドは「……わかりました」と返事をするしかない。
こうしてレオナルドと私は……王都まで一つ馬車の中、向き合うことになった。
今日のレオナルドは、ローブは昨晩と同じアイスブルーだったが、中に着ている軍服は、三騎士と同じロイヤルブルーのものだ。ロイヤルブルーも、レオナルドのアイスブルーの髪と瞳によくあっている。
向き合う形で座ることになったが、馬車にはスノーもいた。
だからスノーの対面にレオナルドが座る形になり、なんとか正面は避けることができた。
いまだ、この美しすぎるレオナルドを、正面から迎え撃つ勇気はない。
斜めという席に安心し、その姿を眺めていたら。
不意にレオナルドがこちらを見た。
その瞬間、心臓は飛び上がり、慌てて視線を逸らす。
ドクドクという心音を聞きながら、伺うように視線をレオナルドに向けると、まだこちらを見ている。緊張で手に汗をかいてしまう。
何か、何か話さないと。
その瞬間、名案を思い付く。
「あ、あの、魔術師さま!」
なんとかその瞳を見ると。
やはりその紺碧の目に、力が抜けそうになる。
クオリティの高い美しさ。
「パトリシア、私の呼び方、変える気はないですか?」
レオナルドは、突然そんなことを言い出した。
唐突だったし、まったく想定していないことを聞かれた結果。肩の力を抜いて、レオナルドの顔を見ることが出来た。
「え、あ、はい。……なんとお呼びすれば……」
考え込んだその瞬間。
馬車が少し前後に揺れ、ゆっくりと走り出した。
「ちなみにパトリシア、君はどちらの姿が話しやすいですか?」
「え……」
「君も既に知っていると思いますが、私の祖先は聖獣ブラックドラゴン。私の魔力の強さはそのブラックドラゴンに由来しています。今の私の姿は人間由来の姿。使う魔法も人間としての魔力です。でもアズレークの姿になると、ブラックドラゴン由来のより強い魔力を使えるようになります。パトリシア、君はおそらく、アズレークの姿を、魔法で変身したものと思っているかもしれません。しかし、それは違います。アズレークもまた、私です。変身したわけではありません」
思いがけない言葉に、驚きよりも嬉しさが勝った。
アズレークは、変身した姿ではなかったのか!
「その顔を見ると……。どうやらパトリシアは、アズレークの姿の方が、話しやすいようですね」
その言葉を聞き、「そうですね」と頷き、瞬きしたその瞬間。
向かいの席には、アズレークが座っている。
漆黒の闇を思わせる黒髪に黒曜石を思わせる瞳。
全身黒ずくめの衣装。
その姿を見た瞬間。
私はその胸に、抱きつきたい衝動に駆られていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は明日8時に「君は分かるだろうか?」を公開します♪



























































