87:見せるのは……無理だ。
「いや、本当に、パトリシアさまは変わったな。王都にいたところは、何かをプレゼントされても、当然のように受け取っていたから」
それは……悪役令嬢パトリシアはそういう設定だから……。
とはいえ、失礼極まりなかったと思う。
「その時のことを思うと……顔から火が出るほど恥ずかしいです。本当に、その節はすみませんでした」
「いや、そんなに気にしなくても。俺だって庶民の出で、がさつだからな。人のことは言えない」
マルクスはそんな風に言うが、TPOを考え、ちゃんと行動している。フランクになるのは、気の置けない仲間といる時だけだ。
本を受け取り、私が対面のソファに腰をおろすと、マルクスは話を続けた。
「それで番の確認だが、相手がどの聖獣を先祖に持つかで変わる。例えば不死鳥を祖先に持つ場合、その番には、背中に翼を思わせる痣があるといわれている」
「そうなのですね。……魔術師さまの祖先は……?」
『戦う公爵令嬢』では、番について触れられておらず、アズレークの……レオナルドの祖先となる聖獣がなんであるかなんて、まったく想像がつかない。
一方のマルクスは背もたれから身をおこし、前のめりになり答える。
「魔術師さまはスゴイぞ。最強の霊獣と言われる、ブラックドラゴンだ」
ブラックドラゴン……!
なんだか強そうだが、よくわからない。
だがマルクスが説明してくれた。
「聖獣の中でも最強と言われるのがドラゴンだが、このドラゴンには、その持つ力と色から五つのドラゴンがいると言われている。レッドドラゴンは炎を操るドラゴン。ブルードラゴンは水を操るドラゴン。グリーンドラゴンは植物を操るドラゴン。イエロードラゴンは雷を操るドラゴン。そしてブラックドラゴンは、他の四つのドラゴンが操る力をすべて操ることができる上に、風を操ることができると言われている」
スゴイ。
そんな聖獣を祖先に持つから、レオナルドは魔力が強く、王宮付きの魔術師なのだろう。
「それでそのドラゴンの番の場合、おへその下に痣がある。いわゆる逆鱗って奴だな。ドラゴンの喉辺りにある鱗。あれの名残りが、おへその下に痣となって現れるらしい」
「……!」
「その顔は。思い当たるのか?」
コクリと頷く。
「魔法を使う時には集中する必要があったのですが、私は邪念が多く、なかなか集中することができませんでした。それで魔術師さまが集中できるようにと、起点という、魔力を集中させるための紋章を刻印してくれたのです。すべての魔力を使い切る前は、おへその下にその起点の紋章があったのですが、終わると消えてしまい……。でも紋章があった痕跡のようなものが残っていて……。もしかするとそれが痣なのでしょうか……?」
マルクスは腕組みをして考える。
見てみないと痣なのか、紋章の消え残りなのか、分からないのだろう。
だがそこは場所が場所なので、見せるのは……無理だ。
「まあ、多分、それがそうなのだと思う。魔術師さまの魔力は強力だし、使う魔法も完璧だ。紋章の消え残りなんて、ないだろうから、それが番を示す痣と考えていいのではないか」
これが番の証拠!と断言できないのがもどかしい。
だがレオナルドなら、これが番を示す痣と分かるのだろうか……?
「そう、心配なさるな、パトリシアさま。明日には王都につく。近日中に魔術師さまには会える」
「そうですよね。……その、マルクスさま、本当にありがとうございます。いろいろ親切にしていただいて」
深々と御礼をして顔をあげると、マルクスの頬がほんのり赤かった。
思わず「えっ」と声が出そうになり、それを飲み込む。
「いや、俺は聖女オリビアさまが好きだった。彼女はもう存在しなくて、ここにいるのはパトリシアさまだ。でも聖女さまとパトリシアさまイコール。だからこれは当然だ」
!?
それって、それって……。
動揺する私に「落ち着いて」と言うように、マルクスは手で制する。
「安心しろ。俺はパトリシアさまの恋路を邪魔するつもりはない。何しろ番などという最強の切り札には、太刀打ちできない。だから何も心配しなくていい。うん、俺とパトリシアさまは最高の友情で結ばれている。これで問題なしだ」
マルクス……!
なんて男気があってイイ人なのだろう。
「ありがとうございます、マルクスさま!」
マルクスはニッと笑い、ソファから立ち上がった。
そしてドアの方へ歩いて行き、「では部屋に戻るよ」と言い、廊下に出る。
「おやすみなさいませ、マルクスさま」
「ああ、おやすみ、パトリシアさま」
静かにドアを閉めた。



























































