82:その観察眼に舌を巻く
「俺はずっと、アルベルト王太子のそばにいた。そしてパトリシアさまの姿を見てきた。懸命にパトリシアさまが、アルベルト王太子にアピールする姿も、見てきた。あの時の熱が、今のパトリシアさまにはない」
ギクリとして青ざめると、マルクスはテラスの椅子におかれたブランケットを、私の肩にかけてくれる。
「だがそれは当然だ。だってアルベルト王太子はパトリシアさまではなく、別の相手と婚約していたのだから。その時点でもう、アルベルト王太子の心は自分にないと理解し、あきらめたはずだ。しかもその後、禁欲的な生活を送る修道院に入った。もう恋愛や結婚そのものを、あきらめたかもしれない。それなのにアルベルト王太子に、熱い視線を今さら送られてもな。まあ、困るわな」
あまりにも私の気持ちを分かってくれていて、驚いてしまう。
もちろん、修道院に入ったが、恋愛や結婚をあきらめていたかというと……。
イケメン修道僧を見て胸をときめかせていたので、まだそこまでの悟りは開けていない。それでもアルベルトに対する気持ちは……困る。そう、その通りだ。
「だが不思議だ。アルベルト王太子に対する恋愛感情は、ないに等しい状態なのに、パトリシアさまは時折、どう見ても恋する乙女にしか見えない表情をなさる。それは聖女さまだった時も、そうだ」
そ、そんなに顔に出ていたのだろうか!?
自分ではポーカーフェイスを心掛けたつもりなのに。
「アルベルト王太子のことが、嫌いなわけではない。むしろ好ましく感じている。だからって結婚したいかというと違う。それでいて、気になる男性がいる……。図星か、パトリシアさま」
マルクスの観察眼に、舌を巻く。
これにはお手上げで、つい頷いてしまう。
「図星だったか。はてさて誰なのだ、我がアルベルト王太子を差し置いて、パトリシアさまのハートを射止めたのは?」
答えたい。打ち明けてしまっていいのだろうか?
この想いは、ずっと誰にも相談できずに、抱え続けている。
だから誰かに聞いて欲しいという気持ちもあった。
「実は……」
アズレーク。
そう名乗って私の前に現れた魔術師レオナルドと過ごした10日間。
彼が持ちかけたのは、恐ろしい取引だった。
だが彼の言動に悪人の気配はなく、優しさや善性を感じずにいられなかった。そして口を通して魔力を送られ、彼に沢山の指導を受け、聖女を演じることになった。多くの困難も彼の導きで乗り越え、廃太子計画を遂行した。
計画を遂行した後、もう彼には会えないと思っていた。
だが王都に戻れば彼に会える……。そう思うと、アルベルトに想いを寄せられていると分かっても、それにどう答えていいか分からない。さらに王都で再会したアズレークは……レオナルドは、私が知る彼とは別人なのではないか。そう思うと、彼を想う気持ちもまた、どうしていいのか分からず、困っていると打ち明けた。
「なるほど。……魔術師さま、やるな。いや、本人にその気は、なかったと思う。なにせ魔術師さまは、アルベルト王太子の気持ちを知っているのだから。アルベルト王太子からパトリシアさまを奪おうなんて気持ち、これっぽっちもなかったはずだ」
しみじみとそう言った後、マルクスはこう続けた。
「魔術師さまは、いつもどんなことも完璧にそつなくこなす。魔術師さまの辞書には、失敗という言葉がないかと思うぐらいだ。それなのに初めて挫折を味わった。これまで完璧に護ってきたアルベルト王太子に、まんまと『呪い』をかけられてしまった。しかも魔力が強いといっても、公爵家の令嬢に過ぎない婚約者に。それもこの国で一番の魔術師さまでも解くことができない『呪い』を。だから魔術師さまはこの『呪い』を解くために、全力で取り組んだ。これまでの魔術師さまは、ちょっとやれば、すべてうまいこと回せていた。でも今回は違う。魔術師さまが本気を出した。本気の魔術師さま……本当にとんでもないことを、やってのけたと思う」
確かに、『戦う公爵令嬢』の魔術師レオナルドも、最後の最後で本気の愛を見せてくれたが、それまでは……。暖簾に腕押しというか、これで好感度は本当に上がったのかと、不安になることが多々あった。だが本気になった後は……。攻略後のお楽しみストーリーや特典では、とんでもない溺愛ぶりを発揮してくれた。あの落差に、メロメロになった女子の数は、計り知れない。
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次回は明日8時に「それは願ったり叶ったりでは?」を公開します♪


























































