72:一輪の赤い薔薇
アルベルトの魔力の核を、破壊したことを。
彼から魔力を、奪ったことを。
そのことを思い出す。
私が破壊した。
私が奪った。
アルベルトは……もう国王になることは、叶わない。
急に私の顔が青ざめたことに気づいたアルベルトが、心配そうに私の顔をのぞきこんだ。
「パトリシア、気分が悪いのか?」
「……王太子さま、私は……」
まだアルベルトの話は、途中だった。
でもベラスケス公爵家の一族が断頭台送りにならないよう、爵位剥奪を行ったのであり、そしてアルベルト自身、本当はカロリーナとではなく、私と婚約したいと思ってくれていた。それなのに私は……。
取引をするしかなかった。
例えそうだったとしても……。
取り返しのつかないことをしたと、体が震える。
「急に、どうしたの、パトリシア?」
アルベルトが私を抱きしめようとしていることに気づき、なんとか声を絞り出す。彼の優しさに甘える権利は、私にはない。
「王太子さまの魔力の核を、私は破壊しました。もう王太子さまは、魔法が使えません」
一瞬、動きを止めたアルベルトだったが……。
「君への想いを、すべて言葉にするのは難しい。ならばこの想いを、一輪の花に託そう」
突然美しい愛の言葉を並べたアルベルトの手には、一輪の赤い薔薇が現れた。
「パトリシア、大丈夫。わたしはちゃんと魔法を使えるよ」
アルベルトが差し出す薔薇を受け取ると、かぐわしい香りが鼻孔をくすぐる。確かにアルベルトは、魔法を使えた。ということは、廃太子計画は失敗したの……? あの時、何かを破壊したと思ったが、違ったの……?
失敗すれば、待つのは死。
呆然としたのは一瞬で、自分と運命共同体であったはずの、スノーのことを思い出す。
スノー、スノーはどうしているのだろう?
「……すみません、王太子さま。その、スノーの様子が気になるのですが……」
ベッドから体を起こすと、アルベルトは不思議そうに尋ねる。
「スノーは、部屋にいるのでは?」
「自室ではなく、その……王太子さまの部屋に」
するとアルベルトがゆっくり体を起こした。
「ということは、ルイスが部屋にミニブタがいると言っていたが、もしやそれが」
「スノーです! 真っ白なミニブタが、魔法で変身して人間の姿になっていました。今、どこにいますか!?」
「なるほど。家令ゴヨに預けたが、どうなったのか、確認させよう」
そう言ったアルベルトが、大声で部下の名を呼ぼうとしていると気付き、慌ててその腕を掴み、「お待ちください」と懇願する。
「その、私が……ベラスケス家の人間が、王太子の寝室にいるなんて、大スキャンダルです」
「それは問題ない」
「え……」
「その説明の前に、スノーの身柄を確保しよう。そこで待っていて、パトリシア」
そう言って立ち上がったアルベルトは、寝室から出ていった。
心臓は未だバクバクしている。
スノーはミニブタの姿に戻ってしまったようだが、生きている。失敗すれば死ぬと言われていたが、一応私もスノーも、今のところ生きている。
完全に安心することはできないが、ひとまず何度か深呼吸し、焦る気持ちを落ち着かせる。
置時計を見て時間を確認すると、まだ7時前だ。なんとなくで自分の服を確認するが、紺色のワンピース姿のままだ。頭につけていたベールは、よく見るとサイドテーブルに置かれている。先ほどアルベルトから受け取った薔薇を、ベールのそばにおく。そして今一度、状況確認に努める。
アルベルトは、あの閃光と衝撃にも、気絶しなかった?
もしくは気絶した後、一度目覚めている?
スノーのことも知っているとなると……。
3時から警備についたルイスと、会話をしたことになる。
つまりその時点で、私のことも誰であるか気づいている。
気づいていたが、そのまま自身の寝室に、ベッドで寝かせていてくれたことになる。
どうして……。
あ、それは……。
アルベルト本人がこう言っていた。
――「わたしとしては君と婚約したいと思っていたが……」
それはつまり、アルベルトは私のことが好き、ということだ。だから突然現れた私に驚きはしたが、捕えることなく、そのまま休ませてくれた……。
!!
ドアがノックされ、慌ててベッドからおり、マットレスの影に隠れる。
「パトリシア」
アルベルトだった。
ゆっくり立ち上がると、アルベルトの胸にはスノーがいた。
慌ててスノーの方へ駆け寄り、アルベルトから受け取る。
「スノー、どうして、あなた、ミニブタに戻ってしまったの!?」
この城での唯一の仲間だったスノーが、ミニブタの姿になってしまい、悲しく、また心細くなっていた。
「恐らくすべて、彼が仕組んだ結果なのだろうね」
「え、それは……」
スノーを魔法で変身させたのは、アズレークだ。
まさか。
アルベルトは、アズレークのことを知っている……?
「パトリシア、着替えを用意してある。入浴はそちらの部屋でできる。朝食をとりながら、話をしよう」
「どういうことですか!?」
「君に話していないことがある。わたしの不調の原因とそれの対処法。それは分かっていた」
「!」
「そしてこの件に、パトリシア、君は大きく関わっている」
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次回は明日8時に「優しい言葉に瞬殺される」を公開します♪



























































