52:ゾッとする
私達が訪問することが、伝わっていてからだろう。
厨房は誰にもいないのに、明かりがついていた。
廊下を歩いていても、厨房からの明かりが見えている。
入口に立ち、見渡すと。
厨房は、とても広かった。
きちんと片付けられていて、清潔感もある。
こんな場所に、ゴーストが出るのだろうか?
そう思ったまさにその時。
明かりが不安定に明滅する。
するといきなりガシャンという音がしたと思ったら。
「あぶない」
ミゲルが少し高音の声で短く叫び、剣を抜いた。
次の瞬間、剣に金属が当たる音が連続で聞こえる。
そしてカシャン、カシャンとさらに音が響き、床にスプーンやフォークが散乱した。
「食器棚から急に飛んできましたね」
ミゲルの言葉に食器棚を見ると、確かに引き出しが開いている。
ゴーストの仕業……?
正直、アズレークとゴースト退治をしていた時、ゴーストからこんな風に攻撃されることはなかった。ゴーストは、ただそこにフワフワと存在していると思っていたのに。
再び、ガシャン、ガシャンと音がして、ミゲルが剣を動かす。
金属音が響き、今度はナイフが床に何本も落下した。
ナイフが飛んできたと思うと、ゾッとする。
洗い場近くでフックに吊るされた鍋がゆれており、その辺りからナイフが飛んできたと理解する。
「スノー、何か見えている?」
「それが、オリビアさま、動きが早くて、とらえきれません」
「ただのゴースト? それともモンスターゴースト?」
「ただのゴーストだと思います。モンスターゴーストは、こんなに俊敏な動きはできないはずなので」
そう言った傍から何か飛んできて、ミゲルが対応してくれている。
本当にこの場にミゲルがいてくれて良かったと思いながら、対策を考える。
聖女の使う祈りの言葉は、そのままゴーストへダイレクトに影響をもたらす。その言葉は神の言葉であり、ゴーストはその言葉を聞いた瞬間、体が硬直する。
ならば。
「スノー、ゴーストの姿が見えたら教えて」
「は、はい」
金属音が響き渡る中、私は十字架の杖を構え、声を発する。
「悪しき者の名は朽ちる!」
私の声が厨房に響き渡る。
「見えました! 洗い場のところです!」
いる!
人型の通常のゴーストだ。
十字架の杖をゴーストに向け、「悪しき者の望みは絶える!」と叫ぶ。
だが。
光が到達する前に、その姿が見えなくなる。
そして今度は皿が飛んでくる。
「悪しき者の名は朽ちる!」
再び声を発すると。
いた!
石窯のところにゴーストの姿を捉えた。
「罪は悪しき者を倒す!」
杖の十字架に私の中の魔力が伝わり、十字架部分から光が、ゴーストに向けて放たれた。光は見事ゴーストに直撃し、その姿は一瞬で消える。
「オリビアさま、消えました!」
スノーが喜び、ミゲルが剣をおろそうとしたまさにその瞬間。
巨大な鍋が飛んできた。
慌ててミゲルを突き飛ばし、「悪しき者の名は朽ちる!」と叫ぶ。
調理台のところで固まっているゴーストがいる。
すかさず十字架のついた杖を向け、「悪を行う者には滅びである!」と一喝すると、すぐに光がゴーストに向けて放たれた。
光を受けたゴーストは、瞬時に姿が消える。
他にもいないか確認のために、再度、「悪しき者の名は朽ちる!」と叫ぶ。
「スノー、いないわよね?」
「はい、もう大丈夫です、オリビアさま」
その声に安堵し、立ち上がったミゲルに駆け寄り、体を折るようにして謝罪をする。
「すみません、ミゲルさま。咄嗟のこととはいえ、突き飛ばしてしまいました」
「どうして、あなたがあやまるのですか、聖女殿」
ミゲルは私の腕をつかみ、顔を上げるよう促す。
「咄嗟にあなたが突き飛ばしてくださらなければ、私には鍋が直撃していたでしょう」
「……ミゲルさま」
「あなたをお守りすると言っていたのに。逆に守られてしまうとは……」
ミゲルが申し訳なさそうな顔で私を見た。
こんな困り顔のミゲルは、ゲームでも見たことがない。
あまりのレアな表情に、スマホがあれば撮影するのにと、歯ぎしりしそうになるのを堪える。
「おや、小さなレディは働き者ですね」
スノーが、床に散乱する食器などを拾い集めている。
「こんなに散らかっていては朝、大変ですから」
スノーの言葉に、私とミゲルは顔を見合わせる。
「その通りですね」
ミゲルが輝くような笑みを見せ、私も頷き、すぐそばに落ちる鍋に手を伸ばした。
◇
厨房の片付けタイムは、何気に楽しいものになった。
ミゲルが銀食器を布でふく姿は絵になったし、鍋をフックにかける姿でさえ、激レアショットに思えてしまう。沢山割れてしまった食器があったが、それはミゲルから領主に話をつけるから問題ないと言われた。
すべての片づけを終え、部屋まで送ってくれたミゲルは、去り際にこんなドキッとする言葉を残す。
「あなたが聖女でなければ。もし舞踏会で出会っていれば……叶わぬ夢を見てしまいます」
まさに吟遊詩人のような言葉を並べ、私の手をとり、甲にキスをされると……。
盛大な甘いため息が出てしまう。
この世界に来て、攻略対象からこんな風に接してもらえるのは初めてだ。
「オリビアさま、寝る準備をしましょう」
「そうね、スノー」
プラサナス城での初日が終わった。
このあともう1話公開します!



























































