5:自分が下着姿であることに気づく
どこなのかと考えても……。
まったく見当がつかない。
部屋の雰囲気を見る限り、貴族の屋敷に思えるけれど……。
ここがどこであるかは分からない。
だが私をさらったらしい男については、分かることがある。
あの黒ずくめの男は、私の耳元で魔法の呪文を囁いた。
つまり魔法が使える人間だ。
それにしても、随分とシンプルな魔法の呪文だった。
この世界で使われる魔法の呪文は独特だ。
なんというか、詩だ。
結局のところ魔力というのはその個人の中にあり、それをどう呼び出して形にして使うかは、個人の自由。だから呪文に定型文がない。
例えば火をつけたければ「この暗闇を照らし 数多の敵を打ち砕く 熱き炎をこの手に」とか「眼前迫る敵を焼き払う業火を この窮地を出するための 紅蓮の炎を」とか、もうそれぞれで呪文が異なる。中二病まっさかりの時は、これらの呪文に陶酔していたが、さすがにオタクとはいえ、この年齢になると……。『戦う公爵令嬢』でたまに目にする詩な呪文には、半笑いだった。愛の言葉が詩っぽいのは大歓迎だったけど。
たまに目にする呪文。
そう。
これは魔力を持つ人の話。
『戦う公爵令嬢』という乙女ゲーは、魔法がメインのゲームではない。だから魔力を持ち、魔法を使える登場人物は限られる。さすがにヒロインは魔法を使えたが、悪役令嬢である私には無理だ。
って魔法の件はさておき、私は呪文で眠らされ……気を失った?
いや、眠らされたのだ。
あの場で殺害せずにさらった理由は不明。
でも何をされるか分からない。
となれば、逃げるしかない。
サイドテーブルにティーカップを置き、ベッドから立ち上がろうとして、自分が下着姿であることに気づく。
え、修道服は……?
「す、すみません。私の修道服を知りませんか?」
どうやらパウンドケーキを切り分けていたらしい少女が手を止め、私の方を見て微笑む。
「あ、グレーのワンピースですね。あれは地味なので、もう少し若々しい服を着るようにと、アズレークさまが仰られていました。こちらにドレスがいくつかあるので、ご覧になりますか?」
アズレーク……?
あの黒ずくめの男の名はアズレークというのか。
!!
綺麗な少女がクローゼットを開けると、ずらりと衣装が並んでいる。
す、すごい……。
すっかり修道院の質素倹約が身についていた私には、目の毒だ。
こんな素敵な衣装は、着られない……。
いや、そんな場合ではない。今は下着姿。
速やかに服を着よう。
おずおずとベッドから降り、クローゼットに向かう。
一応で尋ねてみる。
「ちなみに修道服は……?」
「ございますが、今ここにはありませんよ」
少女はニッコリ笑う。
修道服の在り処も知っているし、この屋敷のメイド、なのだろうか?
どう見ても善良そうに見える少女の正体も気になるが、今はまず服を着よう。
クローゼットから服を見繕うことにする。
デイドレスからイブニングドレスまで一通り揃っているようだが……。
あ、コタルディがある。
『戦う公爵令嬢』という乙女ゲーは、衣装がバラエティに富んでいて、ありとあらゆる種類の衣装が揃っていた。ここはその『戦う公爵令嬢』の世界なのだから、コタルディがあってもおかしくない。
ということで取り出したコタルディは……。
澄んだスカイブルーに白い飾りボタンがとても美しい。
悪役令嬢のパトリシアは、原色の赤や紫のドレス姿でゲーム中に登場することが多かった。でも私自身は水色系が好きなので、このコタルディを着ることにした。
腰の白いリボンを結び、着替えを終えると、改めて少女に声をかける。
「あの、あなたはここの屋敷のメイドの方ですか?」
「違います。私はスノーですよ、パトリシアさま」
その顔は、私と知り合いであると言っているように思えるのだが……。
どう見ても初対面としか思えない。
「ごめんなさい。あなたは私を知っているようですよね、スノーさん。でも私は……あなたのことが分からなくて……」
するとスノーは、切り分けたパウンドケーキを乗せたお皿を私に渡した。
「こちらに座って、一緒にいただきましょう、パトリシアさま」
「えっ、でも……」
服は着たので、できれば速やかにこの屋敷から逃げ出したい。
だが……。
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