38:心から愛されることを願った相手
心臓が、止まるかと思った。
淡い光に照らされただけでも分かる、サラサラのシルバーブロンド。前髪からのぞく眉毛も、前髪の下に見える睫毛も、髪と同じ色をしている。透き通るような白い肌に高い鼻筋。形のいい唇は、静かに閉じられている。
肌の白さに負けない、純白の寝間着姿でベッドに横たわるのは……。
ガレシア王国王太子アルベルト・ロペス・ヴィレットだ。
悪役令嬢パトリシアが、かつて心から愛されることを願った相手。そして『戦う公爵令嬢』という乙女ゲーをプレイしていた私にとって、初めて目の前で見る攻略対象だった。
三次元になったその姿がもたらす存在感。
圧倒的な美貌に、息をすることを忘れる。
思わずガン見し、動けなくなっていると……。
閉じられていた瞼が、ゆっくり開く。
そこには、大海を思わせる碧い瞳が、輝いている。
吸い込まれるように、その瞳を見ていると。
突然、腕を掴まれ、そのままベッドに押し倒された。
「!?」
「まさか聖女さまから、わたしに夜這いをかけてくださるなんて。光栄ですよ」
!!!!!!!!!!!!!
こ、この声は……!
アルベルトは、甘めの声が特徴の声優さんが担当していたが、そのまんまの声だ。
ヤバい……。痺れる……。鼻血が出そう。
この乙女ゲーの世界にきて初めて、前世の素の部分が出たその瞬間。
「オリビア、君が王太子を好きだということは、よく分かっている。だがこの状況は、君が失敗した状況だと、理解しているのか?」
テノールの凛とした声に、我に返る。
見上げると、そこに見えるのは、漆黒の黒髪と黒曜石を思わせる瞳。
アズレーク……。
さっきの王太子は、もちろん本物ではない。
魔法で変身したアズレーク……。
「す、すみません、その、私……」
「これが練習でよかった。失敗したら君は……」
失敗したら……どうなるのだろう?
アズレークは、もし失敗しても、私を救い出すことはできないと言っていた。そしてさっきは、夜這いをかけた……と言わなかったか。
アルベルトの甘い声を思い出し、かあっと顔と耳が火照る。火照りながら、聖女が婚約者のいる王太子に夜這いなどかけたら……と想像する。
……背徳者として、火あぶりになりそうだ。
しかも王太子自らに捕えられたら、言い逃れのしようがない。
というか、カロリーナが知れば、烈火の勢いで怒りそうだ。それどころかもし、聖女のフリをした偽物だということまでバレれば……。
地下牢で拷問され、獄死の可能性だってある。
アルベルトの姿を見て、高揚していた気分が、一気に落ち込む。
「本当に、申し訳ございません……」
分かりやすくしょぼんとすると。
アズレークの手が、頬に触れた。
優しく温かい手。
私を見下ろす瞳には、焦れるような激しさがあり、息を飲む。
これでは失敗すると、気持ちが急いているのだろうか。
「すみません。本当に。もう一度、やり直しをさせてください」
私の言葉に、アズレークは静かに目を閉じ、息をはく。
「……分かった。もう一度やろう」
そこでアズレークが体を動かし……。
自分がベッドに押し倒された状態で、会話をしていたことに、今更気づく。
その瞬間、全身が熱くなる。
「寝室に入ってくるところから、やり直そう」
「はい……」
慌ててベッドから降り、寝室を出る。
スノーや三人の従者は、既に部屋に戻っていた。
明かりが灯る書斎で、しばし目をパチパチさせる。
これから寝室に入れば、ベッドにはアルベルトがいる。
でも、見惚れてはいけない。
いつも通りの手順で、動かなければならない。
失敗すれば、火あぶり・拷問・獄死……。
そう頭に念じ、再び寝室の中へ、入っていった。
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次回は本日12時に「シャツを、思わず掴んでいた」を公開します。



























































