181:密やかな営み
それは「始祖たる聖獣ブラックドラゴンの記憶で、見つけたものだ」とアズレークは言い、静かに語りだした。
ニルスの村。
そう呼ばれる村は、かつて広大な森の一部に過ぎなかった。
ガレシア王国がある大陸すべてが一つの森を形成しており、その広大な森には、多くの聖獣も暮らしていた。ドラゴンは勿論、不死鳥や銀狼、天馬や雷鳥など、多くの聖獣が当たり前のようにそこにいる。
そんな聖獣と共に生きていたのが、精霊だった。
精霊は自然を愛し、その自然を自身の力として使うことができた。森を守り、聖獣と共生し、生きていたのだが……。
人類が誕生することで、世界は激変する。
善性に基づく聖獣や精霊に対し、人間は善悪の両方を持ち合わせた。時に人間の悪性が強まった時。森は焼かれ、聖獣の命が奪われた。
こうして瞬く間に人間は大陸の覇者となり、森は減り、聖獣は姿を消していく。聖獣が姿を消すと同時に、精霊もその数を減らしていった。
我が物顔に振る舞う人間を、大きな力を持つ聖獣や精霊が滅ぼすことがなかったのは、その善性ゆえ。命の輝きこそ最良と考える彼らに、命を奪うことなどできなかったわけだ。
そしてすべての精霊を統べる精霊王は、決断を迫られる。
聖獣や精霊には還る場所があった。遥か遠い最果ての地。そこは人間が生きて到達することはできない場所だ。聖獣や精霊は永遠を生きる。そのサイクルの中で、遥か遠い最果ての地に向かい、そこで時を経て再び、大陸に渡っていた。
もう大陸に、聖獣や精霊が安らげる場所はなくなりつつあった。遥か遠い最果ての地に還り、二度と大陸に戻らぬことを誓う。そうすることで、聖獣や精霊は、遥か遠い最果ての地に永遠にとどまることができた。
多くが、大陸に戻ることを放棄し、遥か遠い最果ての地にとどまる決断をすることになる。精霊王は、すべての仲間が遥か遠い最果ての地へ向かうことを、見守ると決めた。その精霊王こそが、リオンだった。
リオンが暮らす精霊の森。
今となってはその規模はわずかとなってしまったが、それこそがニルスの村の周辺に広がる森だった。
ニルスがこの森へやって来た時。
リオンとニルスは、共通する悩みを抱えていた。
魔力を持ち、魔法を使えるニルスであったが、当時、魔法使いは、必ずしもその存在が歓迎されていたわけではない。
まだ精霊や聖獣が存在する中、善性に基づき、人間を害することはなかったが、偶然、彼らの力で命を落とす者も皆無ではなかった。ゆえに人智を超えた力に対して、人間は、不信感を覚えていた。魔法使いはそういった意味で、肩身の狭い思いで生きている。
ひっそり魔法を使える人間同士で、静かに生きたい。
その思いでニルスは、かの森へやってきて、精霊王であるリオンと出会った。
リオンとニルスは意気投合。リオンは森の一部に、ニルスと同じく魔法が使える人間が暮らすことを許した。そしてここで精霊と魔法使いの、不思議な交流が生まれることになる。
精霊は遅かれ早かれ、すべてがこの大陸、森から去ることになると、精霊王であるリオンは分かっていた。その一方で、この世界から精霊という存在が完全に消えること。それを残念にも感じていた。
一方のニルスは、魔力の不確実性に悩んでいる。魔法使いと人間が結婚すると、魔力を使える子供が誕生するが、その魔力は両親より弱まった。これが繰り返されると、魔力を持たないただの人間が誕生するようになる。
ニルスは悪性の強い人間を止めることができるのは、魔力を持ち、魔法を使える人間だと考えていた。よって魔法使いの血筋を絶やしたくないと思った。
リオンの精霊を残したいという気持ちと、ニルスの魔法使いの血筋を絶やしたくないという気持ちが、合致した。
その結果。
それはなんとも不思議な慣習が生まれることになる。それはニルスの村の女性が結婚を考えた時。挙式の前日に新婦は、教会で特別な儀式を受けるというもの。でもこの儀式を知るのは、代々の村長と新婦のみ。
どんな儀式なのかというと、精霊が作った、精霊の力が込められた白い布で作られたネグリジェを着て、祭壇の前で祈りを捧げる。22時。その時刻が来ると、リオンが現れ、新婦の魔力を確認する。
もし強い魔力を持つ者であれば、リオンはその新婦と一晩を過ごす。うまくいけばその新婦は子を宿すが、翌日には結婚式だ。お腹の子供は、新郎との子供として育てられる。だが実際は、精霊の力を引き継ぐ子供が誕生することになった。
魔力は聖獣の力に基づき、精霊の力は精霊に基づくが、元は同じ聖なる力。魔法使いという存在はある意味、精霊とは一番近い存在だった。
精霊という形では、この世界から消えていく。でも魔法使いという形で、聖獣も精霊も、この世界にひっそり残ることができる。
さらに魔法使いと精霊の子供は、確実に魔力を持つ。しかもその魔力は強く、ニルスの村は、魔法使いで構成される状態を長きに渡り、維持できるようになった。
そう。密やかな営みが、リオンとニルスの間で結ばれた盟約により、遂行されることになったのだ。
それこそが「祝いの場を穢されたくないならば、花嫁は結婚式の前日に夜更かしをしてはならない。町民も22時までには床につけ。村の外へは出るな。家にこもり、朝を迎えろと」という言い伝えだった。
そこにロゼノワールの獣が登場することになるのは、もう一つの出来事に由来する。
お読みいただき、ありがとうございました!
昨日は本当に申し訳ございませんでした!
【次回予告】
12月9日(土)21時
『終焉の時』
基本はリオンのサポートだ。
でも時と場合により、エネアス自身も
子孫を残すために行動する。
12月10日(日)12時半頃
『彼のすごさ』
でも確かに、キスを終えた時、
行動とは裏腹に目がとても真剣だった。
研ぎ澄まされているように感じたけど……。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































