180:間に合わない!
両方の頬をアルベルトの手でがっつり押さえられていた。
手を動かそうとしたが、間に合わない!
もうアルベルトの唇が私の唇に重なってしまう。
「やめろ、リオン。もう、諦めるんだ」
ロレンソの声と共に、ギリギリの距離でアルベルトの動きが止まった。
アルベルトの体温と息を感じる、ギリギリの場所で、時が止まっている。
心臓が激しく鼓動し、体が震えていた。
ゆっくり、アルベルトの顔が離れていく。
「エネアス、今さら、何を善人ぶっている? いや、獣のくせに、生意気な」
次の瞬間。
アルベルトから突き放され、後ろに数歩後退し、眼前すれすれを剣先がかすめ、もう心臓が止まりそうになる。
アルベルトとロレンソが互いの剣と剣で、戦闘を開始していた。
目の前で戦っているのは、アルベルトとロレンソだ。
でもお互いに「リオン」「エネアス」と別の名を呼んでいなかったか。それにリオンはエネアスのことを「獣」と言っていなかった!?
おかしい。
何かがおかしい。
この世界は私が知る世界とは違う。
私が知る世界。
私が知る世界って、何……?
「!」
空からキラキラと輝くものが降ってきている。
それはまるでダイヤモンドダスト。
アズレーク……。
輝く破片は、最初、はらり、はらりと舞い落ちる雪のようだった。でもそれは次第にぽつぽつと降る雨のようになり、今は……。
砂時計から落ちる砂のような勢いで、大量にこの世界のあちこちに降ってきていた。
激しい戦闘を続けるアルベルトとロレンソは、この高速でどんどん落下する輝きに、まだ気づいていない。だが見上げた空に……これは亀裂? 空がガラスのようにひび割れ、亀裂が走っている状態になった時。
「夢術が破られる!」
アルベルトの叫びと共に、空が砕けた。
ものすごい豪風に吹き飛ばされ、何かに乗っていた私の体は、その何かと共に倒れ、そのまま横へ数メートル、スライドすることになった。そこで私の真横にあるのが、倒れたベッドであること、そしてマットレスが私に向け倒れようとしていることに気づき――。
間一髪で避けることに成功した。
埃が舞い上がり、そして自分が崩壊寸前の部屋にいることに気づく。
もう何がなんだか理解できない。
先ほどまで雪が豪雨でとけ、一面が湖に浸かったかのような森の中にいたのに。
いや、違う。
自分が着ているのは、触り心地のいい白のネグリジェ。銀糸でもないのに、光の粒子が閉じ込められているかのように、糸の一本一本が輝いているように見えている。
横倒しになっている天蓋付きのベッドの柱、床に倒れている調度品。その装飾や彫刻が見たことがない程、繊細だった。
そう。
私はニルスの村の村長の娘の結婚式に参列していて、突然現れたロゼノワールの獣により、会場から避難していた。
でも手助けしてくれたと思ったリオンにより、どこかに連れ去られ、彼の使う夢術により、夢の世界に閉じ込められていたのだ。
一度目はプラサナス城。二度目はロレンソの故郷であるグレイシャー帝国……。
さっきまで私は、夢術でグレイシャー帝国にいたのだ。そして今が、現実。
その現実では、私が寝ていた部屋が、何らかの襲撃を受けたのだろうか? まるで爆風を受け、吹き飛んだような状態だ。
「!」
おそらく扉があった場所に、真っ黒な壁が現れた。
壁……なのかしら?
美しく黒く輝くそれは、まるで宝石……黒曜石のよう。綺麗に磨きこまれ、傷一つなく、その形はまるで柊の葉のように見える。
いや、違う。
これは……鱗?
そう思った瞬間にざあっと風が吹き、目を開けていられなくなり、そのまま伏せると。
「パトリシア」
ふわりと抱きしめられ、声と腕の強さに確信する。
「アズレーク!」と、自分としては声を出しているつもりだが、実際、声は出ていない。でも上体を起こすのと同時に、逞しいアズレークの胸の中に抱きしめられ、感無量になる。
「声が出せないのか。解除しよう。……少し、不快に感じるかもしれない。我慢して欲しい」
顔をあげるとアズレークの黒曜石を思わせる瞳と目があい、涙が出そうになる。アズレークの手が喉に触れ、その感触にドキッとするが……。
アズレークの唱える呪文に寒気が走る。
闇の魔法だ……。
体温が低下するように感じ、鳥肌が立ち、体が震えた。
喉が圧迫され、なんだか不穏な気配に、苦しくなる。
手で喉に触れようとすると、その手をアズレークが掴んだ。
「大丈夫だ、パトリシア」
顎を持ち上げたアズレークは、そのまま静かに唇を重ねる。
不快感を覚えていた喉に、アズレークの魔力の塊が触れると……。
その温かみが喉にじんわり広がり、続けられる口づけに、安心が広がる。でも安心よりも気持ちの高揚が勝り、アズレークの上衣をぎゅっと握りしめた。
心臓が高鳴り、魔力により全身がどんどん熱くなり、アズレークを求める気持ちが高まった時、ゆっくりその唇から私の唇から離れて行った。
「どうだ、パトリシア、声は出るか?」
「……! あ、あ、あず……アズレーク」
「よし。大丈夫そうだ」
そう言うとアズレークは私の体を支える。
深紅の絨毯の上に倒れているベッドのマットレスの上に私を座らせ、自身も腰を下ろした。
「王太子と三騎士、魔法騎士もこちらへ向かっている。到着まで少し時間がかかる。何が起きたか、少し説明しよう。でもその前に」
彼が黒い上衣から取り出したのは、ブルーダイヤモンドが輝く婚約指輪だ。私が外してしまったのをちゃんと見つけ、拾ってくれていた。
「アズレーク、ごめんなさい。私、わざと外したわけでないの」
「分かっている。大丈夫だから、パトリシア」
その手は私の左手に、指輪をつけてくれている。
だが同時に。
アズレークの唇が私の唇に重なる。
唇と左手の薬指からアズレークの愛を感じ、心が温かく満たされる。
ゆっくり唇を離すと、アズレークは乱れている私の髪を手櫛で整えながら、魔法を詠唱する。私の着ているネグリジェは、美しく白いドレスへと変わっていく。
「さすがだ。神に等しい存在が生み出すものは、実に美しい」
糸の一本一本が輝いているように感じたネグリジェは、その形がドレスに変わることで、より美しさが増していた。
「この美しい生地を生み出したもの達のことから、まずは話そうか」
微笑んだアズレークが、私の頬を撫でた。
更新時刻が過ぎてしまい、申し訳ありません!
外出しており予約投稿にしていたのですが日付を間違えていました。
ごめんなさい。
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お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
12月3日(日)12時半頃
『密やかな営み』
「始祖たる聖獣ブラックドラゴンの記憶で
見つけたものだ」
とアズレークは言い、静かに語りだした。
【完結新作と御礼のご案内】
読者様の応援のおかげで奇跡が起きました!
4話完結の新作が「日間恋愛異世界転生ランキング1位☆感涙」を獲得。
なろう人生初で、金メダルをいただきました。
詳細は活動報告をご覧ください。かなり興奮しています。
読者様に感謝です! その新作が下記です。
『ざまぁと断罪回避に成功した悪役令嬢は
婚約破棄でスカッとする
~結局何もしていません~』
https://ncode.syosetu.com/n2148in/
感謝の気持ちを込め、急遽新作も公開しました!
5話完結したばかりです。
『ドアマット悪役令嬢は
ざまぁと断罪回避を逆境の中、成功させる
~私はいませんでした~』
https://ncode.syosetu.com/n3759in/
いつも通り、ページ下部にイラスト入りのリンクバナーがございます。
タップORクリックで目次ページへ飛びます!
どちらもサクッと読めますので、歯磨きでもしながらご覧くださいませ☆彡



























































