179:違う、こうではない。
三人の召使いと共に外に出ると、景色が一変している。
豪雨により雪は完全に溶け、地面には薄く水が広がり、まるで屋敷の周辺が湖みたいになっている。そこには青空が映り込み、とても美しい。そして森へとつながる一本道に、こちらへと向かってくる人影が見えた。
アズレークだわ!
そう確信して駆けだした私の後を、三人の召使いが追ってくる。
息が弾み、胸が高鳴り、そして――。
「えっ……?」
そこで立ち止まり、目を見張ることになる。
毛皮のついた蒼いマント、スカイブルーの上衣とズボン、濃紺のタイに青と白の縦縞模様のベスト、足元は白革のロングブーツ。
アルベルト……?
なぜ、アルベルトがここに??
「「「ロレンソ第二皇子様!」」」
三人の召使いの声が重なる。
アルベルトが肩に担いでいるのは……。
白のズボンと白のロングブーツ――そう、ロレンソだ。
三人の召使いが同時に駆け出し、いつの間にかその手にはそれぞれ長剣を持っている。
あっという間にアルベルトの元に到達した三人の召使いは、ものすごいスピードで剣を彼に振り下ろす。
アルベルトも剣を手にしており、三人の攻撃を、ロレンソを担いだまま、見事に受け流している。
彼が王宮に設けられた剣の修練所で練習する姿は、カロリーナと何度も見学したことがあり、その腕が確かなことは知っていたが……。
でもこんなにスピードがあり、連続で繰り出される攻撃を、しかも三人同時なのに。それを見事受け止め、受け流し、自ら仕掛ける。そんなことができるなんて……!
ロレンソを担いでいるのに。それを感じさせないアルベルトの動きに、驚き、その様子をただ見ていることしかできない。
あやうさなんてない。むしろ――。
キンとひときわ耳に響く音がして、召使いの一人が持つ剣が、彼女の手から離れた。剣は、雪が解けた水溜まりに突き刺さるのと同時に、彼女の体は木の幹に激突、そのまま地面に倒れこむ。
そこでハッとして私は声をあげる。
「止めて! みんな! ロレンソ先生は怪我をしているのよ。今、戦っている場合ではないでしょう!」
だが私の声とは無関係に、戦闘は終わっていた。
召使い二人の剣は、共に彼女たちの手を離れ、水溜まりに墓標のように突き刺さっていた。
「パトリシアは返していただきます。手出ししないと言うならば、彼のことをあなた達に預けましょう」
あれだけ動いたのに。アルベルトは息を乱すことなくそう言うと、目の前の二人の召使いのことを順番に見た。
肩を激しく上下させ、呼吸を続ける二人の召使いは、その場で跪き、アルベルトの言葉に従う姿を見せる。
「よかろう。連れ帰り、休ませるといい。怪我はなく、気絶しているだけだ」
アルベルトからロレンソを受け取ると、一人の召使いが彼を担ぎ、屋敷へと戻る。もう一人の召使いは、木の根元で気絶している召使いを担ぎ上げ、後を追う。
ロレンソと召使い三人がこの場から去ると、アルベルトは自身の剣を鞘に納め、私を見た。
「パトリシア、心配しましたよ。無事でしたか?」
碧い瞳を細め、アルベルトが輝くような笑顔になる。
一方の私は、頭の中が疑問でいっぱいだった。
どうしてアルベルトが?
アズレークは?
……いや、どうしてアズレークがそこにいると思ったの、私?
「パトリシア、無事でよかったよ」
私のところへ駆け寄ったアルベルトに、抱きしめられていた。
感無量のアルベルトに対し、私の頭は冴え冴えとしている。
違う、こうではない。
ロレンソと死闘を繰り広げたのは、アズレークのはず。
「王太子さま」
「どうした、パトリシア?」
アルベルトは少しだけ私から体を離し、その手を私の頬に添える。
「どうやってここまでいらしたのですか? 船を使っても、まだ到達できないはずです」
「魔法を使ったのですよ。転移の」
そこまでアルベルトの魔力は強いの? ここまで転移し、ロレンソと戦えるほど。
「お一人では無理ですよね? そこまで魔力はないのでは? それにいつも王太子さまのそばにいる三騎士は、どうされたのですか? こんな単独行動、王太子さまに許されるわけがないですよね? 三騎士がいないなら、魔術師レオ」
ギリギリ避けることができた。
でも私の唇のすぐ横に、アルベルトの唇が触れている。
「パトリシア。君を助けに来たのに。疑問ばかりだね。わたしが助けるのでは、不満かな?」
そのまま耳元に顔を移動させたアルベルトが、甘い声で囁く。
「助けていただいたことには、感謝しています。ありがとうございます。……でも離してください」
「どうして?」
「私はレオナル」
レオナルドの名を口にすると、何かされるかもしれない。
そう構えていたおかげで、回避できたと思う。
私は顔を下に向け、アルベルトから口づけをされずに済んでいた。
「パトリシア。わたしは君と婚約している。どうしてわたしを避けるの?」
アルベルトと婚約をしている!?
驚いて顔を上げた瞬間。
私の唇にアルベルトの唇が――。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
12月2日(土)21時
『間に合わない!』
両方の頬をアルベルトの手でがっつり押さえられていた。
手を動かそうとしたが、間に合わない!
もうアルベルトの唇が私の唇に重なってしまう。
12月3日(日)12時半頃
『密やかな営み』
「始祖たる聖獣ブラックドラゴンの記憶で
見つけたものだ」
とアズレークは言い、静かに語りだした。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































