177:あなた一人を全身全霊で
冷えきった私の体が温まったと確認できたロレンソは、安堵の表情をして、さらにこう告げた。
「パトリシア様。氷の帝国と言われるグレイシャー帝国にも、いつか春は訪れます。冬は終わり、氷も雪も溶けます。私はあなたの心が解けるまで。誠心誠意、あなたのそばで尽くします。いつかあなたの笑顔が私に向けられるまで。パトリシア様、あなた一人を全身全霊で愛します」
跪いたロレンソが私の手を取り、甲へキスをした。
「……ロレンソ先生、手が……唇が冷えています……!」
私を温めることを優先させ、ロレンソは自分のことはそっちのけだった。私を包み込むロレンソのマントは、裏地がウールになっておりとても暖かい。これは本来、ロレンソの体を温めるものなのに。
「わたしは大丈夫です。あなたが無事でいてくだされば。さあ、帰りましょう」
ロレンソが私を抱き上げた。
私は大丈夫でも、屋敷に戻らないと、ロレンソの体はますます冷えてしまう。それにマントにくるんでもらっているとは言え、私の服装は、とても雪原の中で動き回るものではない。
でも、これは言い訳だ。
なぜ、抵抗しないのだろう、私は。
「お嬢様、ロレンソ第二皇子様!」
三人の召使いが一斉に駆け寄る。
屋敷にあっという間に転移していた。
「!」
カッという鋭い音の後。
バリバリバリと響く轟音に、思わず悲鳴を上げていた。
ものすごい音だった。
雷だ。
そしてガラスに当たる雨音が、激しく聞こえてきた。
一面銀世界のグレイシャー帝国を突然、雷雨が襲った。
アズレーク!
「パトリシア様。外には出ないでください。怪我をしたくなければ。部屋で大人しく待っていてください」
私を床におろすと、ロレンソは「彼女を部屋へ。決して部屋からも、屋敷からも出さないように」と三人の召使いの女性に命じる。
「ロレンソ先生、危険です! 外に出てはダメです!」
彼の上衣をぎゅっと掴む。
懸命にその瞳を見て「外に行かないで」と訴える。
「パトリシア様……?」
「私は……あなたの気持ちには応えられません。でもその優しさ、気遣い、私を大切に思う気持ちは十分過ぎる程、伝わってきています。愛する人を求める渇望。番を見つけられなかった絶望。このまま何も残せず消えていくことへの焦燥。一人で背負うには辛いものでしょう」
ロレンソのオッドアイの瞳が大きく見開かれ、そこには強い動揺が感じられた。
「先生には仲間がいます。例えたった一人の愛を得ることができなくても。あなたを友として愛し、仲間として信頼してくれる人が沢山いるのですから。彼らの気持ちを忘れないでください。あなたのことを信じた人の気持ちを、裏切ることはしないでください」
色恋沙汰の気持ちではなく、彼の抱える痛みを癒したいという気持ちで、ロレンソを抱きしめていた。
「パトリシア様……、わたしは……わたしは……」
ロレンソが震えている。
グレイシャー帝国の皇族の一員なのに。
冷たい待遇を受けてきた。その悲しみを埋めるために番を求め、でも見つけることはかなわず。ずっとずっと独りぼっちで寂しかったのだと思う。
でも今は街の人。ノエや葵だっている。一人ではないのだから。
「ロレンソ先生は善性が強いはずです。自身の信条に反してまで、ましてや私の心を虚ろにして従わせ、それであなたの気持ちは晴れますか?」
しばしの沈黙。
でもロレンソはゆっくり口を開く。
「……例え目的が果たされたとしても。わたしの気持ちは……晴れることはないでしょう。後悔をしながら生を終えることになると、思います……」
ロレンソ……! 分かってくれたのね。
「パトリシア様、わたしは」
豪雨と暴風と雷鳴が響き、ガシャンと激しくガラスが割れる音が聞こえてきた。そのあまりの凄まじい音に、ロレンソにぎゅっと抱きついていた。
ロレンソは私を庇うように自身の胸の中で抱きしめると、後ろ振り返る。
サンルームの一画が破壊され、勢いよく、冷風と雨が侵入していた。
「決着をつけてきます」
「! ロレンソ先生!」
その手を掴む間もなく、彼はサンルームから飛び出してしまう。
「ロレンソ先生、止めてください! 戻ってください」
再びの雷鳴に、たまらずに悲鳴をあげてしまう。
「お嬢様、ここは危険です」
冷風が破壊された一画から吹き込み、急激に温度が低下している。それに暴風と豪雨で、このサンルームそのものが壊れそうだった。
ロレンソの身が心配だが、ひとまずここから避難することにした。
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【次回予告】
11月25日(土)21時
『どうして分かったのですか?』
「どうしてお嬢様は
何が起きたのか分かったのですか?」
「それは……私も分からない。でも分かるの。
なんとなく、これから起こることが」
三人の召使いは顔を見合わせ、そして私を見る。
11月26日(日)12時半頃
『違う、こうではない。』
アズレークだわ!
そう確信して駆けだした私の後を
三人の召使いが追ってくる。
息が弾み、胸が高鳴り、そして――。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































