173:完璧な笑顔
瞼が開き、目が開いた。
そのまま勢いよく上半身を起こすと、すぐに視線に気づく。
私が寝ている天蓋付きのベッドから少し離れた場所に、立派な椅子が置かれている。そこに長い脚を組み、ひじ掛けに腕をつき、頬杖をついているのは……リオン!
ピンクトルマリンのような淡いピンク色の瞳が、私にじっと向けられている。
出会った時、リオンは礼服を着ていたのに。
今はローマ時代の皇帝が着ていそうな服をまとっている。
白いトゥニカに鮮やかな赤いトガ。
黄金のオリーブの葉でできた冠まで被っている。
「すごい精神力ですね、パトリシア様。自身の体を巡る魔力で精神まで強化できるとは。まさか私とエネアスの夢術を破るなんて。始祖のブラックドラゴンの魔力を宿した結果とはいえ、それを定着させたのは君自身。やはりパトリシア様、君は得難い存在です」
リオンが話している間に素早く自分の状態と部屋の様子を確認した。
服は夢で着ていたのと同じ。
触り心地のいい白のネグリジェ。銀糸でもないのに、光の粒子が閉じ込められているかのように、糸の一本一本が輝いているように見えた。
天蓋付きのベッドに寝かされていたようだが、ベッドの柱といい、部屋にある調度品といい、装飾や彫刻が見たことがない程繊細だ。
もう透けてしまいそうな薄さの木に、見事な彫刻が施されている。黄金の飾りは、どうやってこんなに細かい造形をと思えるほど精密に、草花を表現していた。深紅の絨毯の刺繍の細密さも、扉のレリーフの完成度の高さも、窓を飾る格子の秀麗さも……どれだけの時間をかけて作り上げたのかという出来栄え。
人間技とは思えない。まさに神技という言葉が相応しい美がそこかしこに宿っている。
状況を確認して分かったことは、ここは夢で見たプラサナス城ではない。かといってリオンの屋敷かというと……ただの村人の屋敷とは思えない。何よりも彼のその服装は……。
それに先ほどエネアスという、初めて聞く名前が登場した。
それが夢の中で現れたロレンソの正体だと思う。
見渡す限り、そのエネアスという人物はいないように思えるけど……。
「私の話を聞きながら、自分の置かれている状態を確認されたようですね。何か分かりましたか、パトリシア様?」
ゆったりと私に問うリオンのその様子は……。
どう見ても年齢としては、アズレークやレオナルドと変わらないように見える。ただ圧倒的な貫禄があり、そして余裕だ。焦りとは無縁。何事にも動じず、ゆったりと構えている。
こんなオーラを出せるのは、ヒエラルキーの頂点にいるからだろう。
つまりリオンの正体は、ニルスの村の村民の一人……などではない。
異国の王族か皇族。
しかもとんでもない強い魔力……魔力なのだろうか? 「夢術」なんて、聞いたことがない。精神系に作用する魔法なのだろうが、夢術なんて、本でも見たことがなかった。でもともかく普通ではない魔法を使える。
何者なのか。
「ああ、そうでした。パトリシア様、君はまだ声が出せない状態でしたね」
リオンが聖母のような笑みを浮かべる。
完璧な笑顔。
悪意の欠片をどこにも感じさせない。
私の声を奪い、魔法を使えない状態にしているというのに。
夢の中では魔法を詠唱できたのに。
現実ではまだ声が出ないのね……。
そこはもう落胆するしかない。
「でもパトリシア様、君はとても美しい声をされています。その声だけで、殿方の心を溶かすことができそうです。できれば術を解除したい……けれど君はそうしたら、魔法を使おうとするでしょう。村人とは違い、パトリシア様の魔法は厄介。その魔力の源が彼だから」
軽やかに笑うと脚を組みなおし、リオンは私に一方的に話し続ける。
「残りの魔力はどれぐらいなのでしょうか、パトリシア様。先ほど、私とエネアスの夢術を解除するのに、相当消費しましたよね? 二度目も打ち破ることができますか? 試してみましょうか」
冗談ではない。
かつては私を好きだったのかもしれない。
でもアルベルトもロレンソも、私がレオナルドと、アズレークと結ばれることを祝ってくれた二人なのだ。その二人の姿で、夢の中で迫るのは、アルベルトとロレンソに対する冒涜でもある。
そんなこと、許すわけにはいかない。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
11月11日(土)21時
『独占欲はないわけ?』
それにそもそも二人で私を求めるってどういうこと?
番に対する独占欲はないわけ?
11月12日(日)12時半頃
『私がアズレークを拒絶する!?』
いくらブラックドラゴンが来ようが
もはや関係ありません。
君から彼のことを、拒絶していただきます。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































