172:こうしたら思い出せるかな?
アルベルトが荒唐無稽なことを言い出すので、驚愕してその顔を見ると……。
「そんな顔をして……。わたしのプロポーズを受けた時のことも覚えていないの?」
覚えているも何も、そんな出来事ないはずだ。
「……そうか、パトリシア。その表情では覚えていないみたいだ。でもこうしたら思い出せるかな?」
「!」
もう本当に危ないところだった。咄嗟に避けることができた自分の反射神経の素晴らしさに感動してしまったが。
「! お、王太子さま!」
いきなり唇へキスをしようとしたアルベルトを、回避することは成功した。でも代わりに彼の唇は、私の頬に触れることになった。するとそのままその唇は耳元へ移動し、耳朶にキスをして、さらに首筋へ押し当てられた。
アルベルトからそんなことをされるとは思わず、驚きつつも。その唇がもたらす官能的な気分に、酔いそうになってしまう。
それはもう彼の唇のなめらかな触れ心地、絶妙な力加減のせいであり、喚起される感情に抗うことは難しいと思えた。しかも手で顔をしっかり支えるようにされているので、動かせない。動ける方向にはアルベルトの顔があり、そちらへ顔を動かせば、唇へキスされてしまう。
アルベルトの動きを押さえようと必死に手を動かすが、やはり男性が本気で力を出していると、どうにもできない。
こんなことをアルベルトが私にするなんて、信じられなかった。
信じられない!
信じ……。
そこで閃光が脳内で走る。
――「本人の意思を曲げさせるような魔法は簡単にかけることはできない。例えば誰かを害するような魔法を受け入れさせるには、まず本人の意思に反することを受容させ、心のガードを下げさせる。そのうえで、誰かを害することを受け入れさせることになるが……」
これはアズレークが教えてくれたことだ。
アズレークの番なのに、アルベルトに心を許す。それは私の心のガードが下がっている状態になる。その上で何か別の魔法を私にかけようとしている……。
そんな魔法をかけようとしているのは……リオンだ!
「やめてください、リオン。王太子さまの姿で、私を翻弄するのは!」
力強く凛とした声をお腹に力をいれることで、出せたと思う。
おかげで、アルベルトの動きが止まった。
「……君の記憶には、この彼が沢山存在しています。本当は彼と結ばれたいと思ったのでは?」
姿はアルベルトのままなのに。
声は……リオンだ。
「わたしの姿で手を出されるより、この彼――アルベルト王太子の姿の方が、嬉しいのでは、パトリシア様?」
「それ以前の問題です。私はレオナルド……アズレーク以外に触れられることを、良しとはしません。それに私はアズレークの番ですから。離してください」
「……手強いですね。さすがあのブラックドラゴンの番。魂の輝きもとても美しい……。でもここにあなたのアズレークはいません。私たちを受け入れ、愛してください、パトリシア様」
私たち……?
アルベルト姿のリオンを睨んだその時。
「パトリシア様」
背後から腰を抱き寄せられ、アルベルトの肩を押し返すようにしていた右手を掴まれた。掴まれた右手は、そのまま後ろに引かれ、手の甲へキスをされている。
まさか……。
振り返り、そこに見えたのは、風情を感じさせる美しい白藤色の髪。そのサラサラの前髪の下に見えるのは、白銀色と白金色の瞳。オッドアイ――。端正なこの顔立ちの美貌の持ち主は……ロレンソ……!
「パトリシア様。あの日、フロストフラワーが咲き誇る湖を見て、わたしと共に生きることを誓ってくださったではないですか。あなたを心から愛しています。どうかわたしのそばに、永遠にいてください」
ロレンソが信じられないような甘い声で囁き、手の甲への口づけを繰り返す。
ち、違う。
これは本物ロレンソではない。
だって私は、彼と愛なんて誓っていない!
だからこれは偽物。
でも……誰なの!?
「!」
ロレンソに注意を向けていたら、アルベルト姿のリオンが再び首筋に唇を押し当て――。
「風よ、吹き飛ばして!」
腕力でかなわなくても、声を出せる。だから魔法が使えると思った。風の力で二人を遠ざけようと考え、呪文を唱えたが……。
何も起きない。
驚愕する私を見て、アルベルト姿のリオンがくすくす笑う。
背後からロレンソの、笑いをこらえている様子も伝わってくる。
どうして魔法が使えないの?
魔力は完全ではないが、あの場でレオナルドが回復してくれていた。
!
ロレンソとアルベルト姿のリオンが同時に、それぞれ左右の首筋にキスをするので、全身から力が抜けそうになる。
ダメ。
ここで心のガードを下げたら。
でも、どうしたら……。
そうだ、そうか!
あの夜と同じ。
これは現実ではない。
夢の中。
だから魔法も使えなかったのだと思う。
そうならば……。
目覚めればいい。
でもどうやって……?
昨晩はアズレークに名前を呼ばれ、目覚めることができた。
今、ここにアズレークはいない。
それでも彼の名を呼んでみれば……。
「アズレーク!」
ロレンソと、アルベルト姿のリオンの動きが止まる。
アズレークの名前を叫び続けると……。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
11月5日(日)12時半頃
『完璧な笑顔』
「でもパトリシア様、君はとても美しい声をされている。
その声だけで、殿方の心を溶かすことができそうだ」



























































