168:虫は……苦手です!
リオンにエスコートされ、滞在する一軒家に向かっていた。そして私の左隣には村長の親族二人がいたはずなのに、どこへ行ってしまったの……?
リオンの言葉が気になり、つい考え込みながら歩いてしまった。その間、二人の村長の親族は、ロゼノワールの獣について話していたと思う。声が聞こえていたはずなのに。
「パトリシア様、どうされました?」
「私の左側に村長の親族の男性がお二人、いたと思うのですが……」
「そのお二人は先ほど、鍛冶屋のビルに呼ばれ、広場に戻られましたよね?」
え……。
そうだったかしら?
考え込み過ぎて、完全にその状況を見聞していなかったの、私は?
「思索に耽るとその道で、逢魔が時に出会う」
「えっ?」
「ニルスの村で言われている言葉ですよ。考え事をして注意を怠ると、魔物に出逢うから気を付けようという教訓を込めた言葉で……パトリシアさま!」
リオンが立ち止まり「動かないでください」と真剣な顔で告げる。そしてゆっくり私から手を離すと魔法を詠唱した。すると彼の手の平に白い岩のような塊が現れる。何をしようとしているのかと見ていて……。
「きゃああああ」
「パトリシア様、落ち着いてください」と言われるが、それは無理な話。肩のあたりに、ナメクジのようなものがいるのだから。
とりたい、でも触れたくない。見た目もぬめぬめしているように思える。気持ち悪い!
「きゃあああああ」
よく見ると、ドレスのスカート部分にもナメクジが何匹もついている!
「今、塩を用意しましたから。気持ち悪いと思いますが、そのまま動かずに」
「と、とっていただけますか!」
「勿論です」
体が震える私にリオンは「大丈夫ですから、落ち着いてください、パトリシア様」と繰り返し、左手の白い粉……塩をナメクジに振りかける。するとナメクジはポロポロと地面に落ちていく。
「ヒルですね。昨晩、雨も降りましたし、秋にはよく出るんです。ここは自然が豊かですから」
ヒル……! そ、そうよね。ここは森が多いから、仕方ない。
王都暮らしが長いし、修道院は基本、外へ行く機会も少なかった。こういう虫は……苦手です!
「大丈夫そうですかね」
「ありがとうございます、リオンさ」
見る限り、ドレスにしかヒルはついていなかったのに!
左手の指にヒルがいる!
「リ、リオンさま!」
「!」
すぐにリオンは塩をふりかけてくれるが、ヒルはまだ左手の指にいる!
「吸盤を使い、吸い付いている状態ですから。炎を使い、引きはがしましょう」
そう言ってリオンは魔法で炎を自身の手の平に出現させるが……。その炎、ヒルに効果はあるかもしれないが、私の手も火傷しそうな気がする! そのことを伝えると、リオンは「風の魔法で切り捨てましょう」と代案を出してくれるが、それこそ指が切り落とされる不安があった。
なんでもかんでも誰かに頼るのではなく。
自分でも解決を試みよう。
ハンカチを取り出すと「!? パトリシア様、何をするおつもりですか!?」とリオンが尋ねた。私は「試してみます」と、ハンカチでヒルをつまもうとするが、うまくいかない。
「パトリシア様、それでは無理です。もう一度塩を」
リオンの言葉を聞きつつも、引っ張るのがダメなら、転がすようにしてはと、ハンカチで指先の方に動かすと。
「動いたわ!」
思わず叫び、そのまま指先の方へ転がすと……。ヒルはぽとりと地面へ落ちていった!
「取れました!」「よかったです!」
リオンは満面の笑みで水の魔法を使い、私の手を綺麗に洗い流してくれた。さらに自身のハンカチを渡し、他にヒルがついていなかも確認してくる。
「大丈夫ですよ。パトリシア様。あなたは勇敢ですね。たまに王都から貴族の令嬢が、旅の休息で村に立ち寄りますが……虫が出ると、悲鳴しかあげません」
「私も最初は、悲鳴しか出ませんでしたわ」
恥ずかしくて頬が熱い。
「それでも最終的に、ご自身で退治したのですから。しかも魔法を使わずに。立派です」
そう言うとリオンは、ゆっくり私を抱き寄せる。
驚いてその胸を手で押し返そうとすると。
この薔薇の香り……。
知っている。これは夢で香ったのと同じ!
え? まさか?
でも……。
驚くも、リオンの魔力の強さを思うと、それが正解としか思えない。
リオンが私に魔法をかけようとした人物ということだわ!
初対面のリオンが、私に魔法をかけたい理由は不明。でもとにかく逃げないといけない。そこでその腕の中から逃れようとするが……悔しいが男性の力にはかなわない。
魔法を――「歌姫は沈黙する。静寂の中で動きを止める」
リオンの囁きに、もがいていた私の体の動きが止まる。
今の言葉の意味を考え、そんなことはない!と思い、声を出そうとするが……声は出ない!
魔法を先に使われていた。
どうして?
アズレークは私の指に婚約指輪がある限り、魔法は跳ね返すと言っていたのに。
「!」
リオンが私を抱き上げた。
彼のピンクトルマリンのような瞳と目があい、ビックリしてしまう。
目は口程に物を言う。
リオンの瞳は間違いない。
「あなたを愛しています」と言っている目だ。
私に自分の気持ちは伝わったと確信したのか、リオンは華やぐような笑みを浮かべ、私を抱き上げたままゆっくり歩き出す。
同時に薔薇の香りを、先ほど以上に感じていた。
この香りはかがない方がいいと思うが、息を止めることができない。
「!」
リオンの肩越し、地面に光るものが見える。
あの碧い輝きは……。自分の左手を見て、驚愕することになった。
アズレークが贈ってくれた婚約指輪がない!
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
10月22日(日)12時半頃
『目的は何!?』
ここで意識が飛ぶようなことがあってはいけない。
そう思うが……。



























































