167:その優雅さと冷静さの裏で
そこまで魔力を使った自覚はなかった。
それだけ回復の魔法を使うため、集中していたということ。
無事、回復できたと分かったことで、力が抜けてしまったようだ。すぐにレオナルドが支えてくれたが、もう立っていられない。
「大丈夫かい、パトリシア!?」
「え、ええ。ごめんなさい。私は大丈夫だから、新婦を助けてください」
そばにあった椅子に座らせてもらう。
驚いた。
立っていられないほど、私が魔力を消費したということは。
それだけレオナルドが、ロゼノワールの獣の使った力の影響を、受けていたということだ。だからこそ私は彼を回復させるために、膨大な魔力を消費したことになる。
影響を……受けただけではない。
タイミングも最悪だったと思う。
闇の魔法を打ち消すことができるのは、光の魔法だ。闇の魔法を使っていなければ、ここまでダメージを、レオナルドも受けることはなかったはずだ。
「勿論。新婦は必ず助ける。……完全に回復させることはできないが、少しだけ」
騎士のように跪いたレオナルドが私を抱き寄せ、顎を持ち上げる。魔力を回復しようとしているとわかるのに、心臓が高鳴ってしまう。
マイルドなレオナルドの魔力が、口の中に流れ込んでくる。熱い塊が喉を通過し、全身が熱くなってきた。鼓動が早くなり、思わず彼に抱きつきそうになる。
だがレオナルドは、そこで体を離してしまう。
「え……」と思わずすがるようにレオナルドを見上げると、彼の紺碧の瞳が甘く輝いた。
「すまない、パトリシア。新婦を助けに行かないといかない」
そうだった。それが優先だ。
「この指輪がパトリシアのことを守ってくれる。それに村人に頼んで、家へ送ってもらうから。……そばにいてあげられなくて、すまないね」
レオナルドが、私の左手をぎゅっと握りしめてくれた。
触れた手の温かさに、胸がキュンとしてしまう。
「大丈夫です。今、回復いただいた魔力もありますし、この指輪があれば私は大丈夫ですので。新婦のことを助けてください」
レオナルドは頷き、用意された馬にまたがる。すっと背筋が伸び、惚れ惚れとするかっこよさだ。さらにそばにいる村人に、私を家まで送るよう頼んでくれた。
「では行ってくる」
レオナルドが馬を走らせると、何人かの騎乗の村人が、その後に続いた。
どうか、新婦が見つかり、無事皆が帰ってきますように。
「パトリシア様、家まで送りますよ」
村長の親族の一人が、声をかけてくれた。
すぐにもう一人の親族も、私に駆け寄ってくれる。
「わたしもお供しましょう」
「リオン様……!」
リオンは私の手を取り、椅子から立ち上がらせてくれた。
「魔術師レオナルド。王都でその名が知られる、この国、いや、この大陸。この時代一の魔力の持ち主。それを目の当たりにしました」
私をエスコートして歩き出したリオンは、しみじみそうつぶやく。
「でもレオナルドは、リオン様の魔力も相当強いと言っていましたよ」
するとリオンは破顔する。
「なるほど。わたしの魔力を! ……さすがですね。でも彼には負けますよ。あの出力の闇の魔法を二回。しかも三回目も発動しようとするとは! それに顔は真剣でしたが、その動きは実に優雅。相当な激痛を感じているはずですよ。それなのに……」
リオンは感嘆のため息をもらす。
「しかも彼が使った魔力は、並みの量ではありません。その上で自分以外の者に魔力を与えるとは。さらに追跡を続けるなんて、目の前で起きていることが、現実とは思えませんでした。まさに底なしの魔力ですね」
リオンのピンクトルマリンのような瞳が、私を見た。
も、もしかして、レオナルドに魔力をもらっているところを、見られていたの……?
いや、あんな場所で、堂々と魔力をもらっていたのだ。
見られていないわけがない。
でも。
普通であれば、熱烈なキスをしているとしか思われないのでは……?
魔力をもらっていると、リオンはなぜ分かったのかしら?
そこも気になるが、闇の魔力にレオナルドは、そこまで魔力を使っていたなんて。しかも激痛を感じているとは……。リオンが言う通り、あのレオナルドの冷静で優雅な状態では、全く気が付かなかった。
リオンは魔力が強いと、レオナルドは言っていた。それだけ魔力が強いなら、当然なのかもしれない。闇の魔法のことも、レオナルドがどんな状況だったのかも、詳しく理解しているのは。
チラリとその顔を見ると、リオンはニコリと笑う。
「しかもあのロゼノワールの獣が力を使った時。魔術師レオナルドは、瞬時に闇の魔法を解除し、防御の魔法も詠唱していた。あの反応速度と瞬発力は、さすが始祖の……。素晴らしいですね」
リオンは、レオナルドが先祖返りをした者であり、始祖のブラックドラゴンと同一の魔力を持つことにも、気が付いている。そしてあの光で皆、目が眩んだと思ったのに。リオンは冷静にレオナルドの反応を、観察していたと思えた。
昨日から今日にかけて接した村人は、一見すると魔法を使えるような人間には見えない。
だがニルスの村の人間は、ほぼ全員が日常的に魔法を使う。
ロゼノワールの獣に対しても、当たり前のように魔法を使った攻撃をしていた。
さすがに女子供は、魔法を使えても、恐怖で魔法を使えなかったようだけど、男性は違う。立ち向かおとしていた。
村の男性は皆、リオンみたいなのかしら?
あの光の中でも目を開け、周囲の状況を観察できていたのかしら?
闇の魔法を使ったレオナルドがどんな様子なのかは……魔法を使える人間として、魔法を学ぶ中で、知識として知っている可能性はある。その知識と比べ、現状がどんな状態であるのか。リオンのように口にすることはできそうだ。
でもレオナルドが先祖返りをしていることは……。
どうなのかしら? ニルスの村の男性は気づいているもの? それともこのリオンが特別?
思わず考え込んでいるうちに、レオナルドと私が滞在する一軒家の近くに到着していた。
ところが。
私の右隣に、エスコートしてくれるリオンがいて、左に村長の親族が二人、いてくれたはずなのに。
いない……。
お読みいただき、ありがとうございました!
【次回予告】
10月21日(土)21時
『虫は……苦手です!』
あの瞳は間違いない。
「あなたを愛しています」と言っている目だ。
10月22日(日)12時半頃
『目的は何!?』
ここで意識が飛ぶようなことがあってはいけない。
そう思うが……。
それではまた来週、物語をお楽しみください!



























































